198区 +1
「金髪碧眼の女の子? 何それ? 幽霊かなにか?」
私がその噂を聞いたのは、年が明け、新年最初の部活の日。
練習も終わり、着替えている最中だった。
「わ……わたしも分からないです。あけおめメールの時に友達が話題に出しただけで……」
「理数科でも噂になってましたし。年末最後の部活で友達が見たってメール来ました」
朋恵と紘子の話によると、冬休みに入ってから、校内で金髪碧眼の少女を見たと言う生徒が何人かいるというのだ。
それも、私服だったり、桂水高校の制服を着ていたりと、人によって服装が違って見えるのだという。
「にわかには信じられないんだよぉ~」
紗耶の一言に晴美と葵先輩も頷く。
あまりに突拍子もない話であり、到底信じられない内容だ。
そもそも、幽霊だとしても、なぜ金髪碧眼なのだろうか。
普通に黒髪で良い気もする。
それに目撃情報によると、その子は校内をふらふらと歩いていたのだという。
もうこの辺りが、いかにも創作話だ。
「まったくバカらしい。あたし、この後家族と出かけるから、もう帰るわよ」
幽霊話には一切の興味を示さず、1人だけ早く着替え終わった麻子が、私達に手を振りながら部室のドアへと歩いて行き、ドアに手をかける。
「きゃぁっ!」
ドアを開けると同時に甲高い叫び声をあげ、麻子が尻もちをついてその場に座り込む。
残っていた部員全員が、座り込んだ麻子に近付き、ドアの方を見る。
そして、誰もが言葉を失った。
なんと、たった今噂話があがった金髪碧眼の幽霊……いや、少女が目の前に立っていたのだ。
しかも桂水高校の制服を着ていた。
いったい、この少女は誰なのか……。
と言うことを考える前に、私は一つだけ気になることがあり、麻子を見る。
視線を感じたのか、私が見るとすぐに麻子も私も見て来た。ただ、なぜ見られているかが分からないらしく、不思議そうに首を傾げている。
だが、今の出来事でかなり驚いたのだろう。麻子にしては珍しく、若干怯えた眼をしていた。
その眼を見て確信する。さっきの甲高い叫び声は、本当に麻子だったようだ。
あの麻子が、いかにも女の子らしい悲鳴を上げるというのが、あまりにギャップがあり過ぎて、思わず声を出して笑ってしまいそうになる。
私が必死で笑いを堪えていると、部室前に立っていた金髪碧眼少女の後ろから永野先生がやって来た。
「ちょうどよかった。まだ全員いるか? えっと……。まずは自己紹介を」
永野先生が、その金髪碧眼少女を見る。
なぜ永野先生とこの少女が一緒に? 何がどうなっているのだ?
「父の仕事の都合で、明日から1年4組に転校して来ます。ブレロ・アリスと言います。駅伝部に入部希望です。前にいた高校は陸上部がなかったのですが、12月にあった校内マラソン大会では、断トツで1番でした。箱根駅伝を走ったことがある体育の先生に、本気で長距離をやれば、1年で全国制覇出来ると言われましたけど……。まぁ、リップサービスですね。ああ、体育の時間に3000mを9分50秒で走ったら、その先生が唖然としてました。アリス的に、それがどれだけすごいことなのか、さっぱりですけど。ちなみにブレロが姓でアリスが名前です。よろしくお願いします」
なんとも流暢な日本語で少女が自己紹介をする。
その日本語よりも気になったのが話の内容だ。今の話が本当なら、目の前にいる少女は、とんでもなく足が速いということなのだが……。
「日本語、綺麗なのね」
私とは違い、葵先輩は彼女の日本語を褒める。
葵先輩の一言に、ブレロ・アリスと名乗る目の前の少女が笑顔になる。
「はい。アリスは生まれも育ちも日本の、バリバリ日本人ですから」
正直、言っている意味が分からなかった。
みんなも思わず「え?」と怪訝な顔をする。
「あはは。だいたいアリスに初めて会った人は、みんなそんな顔をするんですよね。いつも、そのポカンと開けた口をふさげよって思っちゃいます。えっと、順を追って説明します。私の父はイタリア生まれのイタリア育ち、生粋のイタリア人でした。父は幼いころから日本文化に強いあこがれを持っており、19歳の時に日本へ留学。それがきっかけで、日本で仕事を見つけ、ついには日本に帰化してしまいました。つまりこの時点で国籍上、父はイタリア人から日本人になったのです。でも、生まれてからずっと使っていた名前にも愛着があり、名前はカタカナに直してそのまま使うことにしたそうです。ここまでは理解できます?」
聞かれて私達は何とか頷く。正直、どうにかギリギリ理解出来ている程度だが。
それでも、みんなが頷くと彼女は話を再開する。
「それからしばらくして、父は同じように日本が大好きなイタリア人の女性とお付き合いを始め、最終的には結婚。その女性も数年のちに帰化して日本国籍に。その後、2人の間にアリスが生まれました。つまり、アリスは見た目がこのように金髪碧眼ですが、生まれも育ちも日本。国籍上も日本人です。ちなみにアリスと言う名前は、父と母が『世界中で通用するような名前を』と言うことで付けたそうです。あと、本当のことを言うと、イタリアには何度か行ったことがあるのですが、ぶっちゃけイタリア語は、読むのと聞くのはそれなりに出来るのですが、書くのと話すのはかなり怪しいです」
彼女の説明が終わると、麻子がすっと歩いて行き、彼女に握手を求める。
こういう時、真っ先に動けるのは麻子の強みだと思う。
私が高校に入学した際も、この行動力に助けられた。
「正直、あなたの説明はほとんど理解出来なかったけど……。あなたが駅伝部に入りたいってことは分かったわ。あたしは2年の湯川麻子。一応この部のキャプテンよ。これからもよろしくアリス。一緒に頑張りましょう」
「随分とおバカな先輩ですね。でもそこがちょっと可愛いかも」
アリスと名乗る少女はニッコリと笑って麻子に返事を返す。
何と言うか、随分とはっきり意見を言う方のようで……。
こういうところは日本人ぽさがない気がする……。
なにはともあれ、こうして桂水高校駅伝部に新しい仲間が加わったのだった。
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