199区 仰げば尊し我が師の恩

1月は行く、2月は逃げる、3月は去るとはよく言ったもので、今年度もあっと言う間に過ぎて行く感じがした。


日が経てば経つほど、アリスは部活に溶け込んで行き、気付けばすっかり駅伝部の一員になっていた。


でもそれとは逆に、日が経てば経つほどなくなっていくものもある。


葵先輩と一緒に過ごす時間だ。


あっと言う間に過ぎて行くこの季節。

でも、今年だけは過ぎて欲しくないと切実に願ていた。


それでも日々は過ぎるし、別れもやって来る。


気付けば3月も20日を過ぎ、葵先輩にとって最後の部活の日がやって来た。


ちなみに葵先輩は体力作りのためにと、卒業式が終わってからも毎日部活にやって来ていたのだ。


「さて、シューズも取ったし、置いていた小物も全部袋にまとめた。これで忘れ物はないわね」

部室の中を見渡しながら葵先輩が頷く。


「わ……わたし、大和さんと会えるのが今日で最後だなんて信じられません」

「ちょっと朋恵? 一生の別れみたいに言わないでね。うちは確かに部活は最後かも知れないけど、長い人生、会うことはきっと何度もあるわよ」

寂しがる朋恵に葵先輩は笑って答える。


「でも、部活であおちゃん先輩の顔が見れなくなるのは寂しいですよぉ~」

紗耶の一言に誰もが頷く。


そうなのだ。

確かに、これからの人生で出会う機会もきっとあるだろう。

でも、根本的に今まで毎日会っていた部活で会えなくなるのだ。


「その件に関しては多分大丈夫じゃない? きっと、顔が見れなくて寂しい思いをすることはないと思うけど」

笑う葵先輩に私達はみな首を傾げる。


どう言うことか理由を聞こうとしたところで、永野先生が部室に入って来たため、聞くタイミングを逃してしまう。


「なんだ? 大和もう帰るのか?」

「いえいえ。まだですよ。ただ荷物をまとめただけです」

「そうか。だったらこれも一緒に持って帰れ。私からの卒業祝いだ」

永野先生は小さな袋を葵先輩に渡す。


葵先輩は不思議そうに袋を眺め、封を開く。


そこから出て来たのは、一本のタスキだった。

しかも昨年今年と、私達が繋いだ桂水高校のタスキだ。


「え? あの……。これって来年度も使いますよね?」


「来年は来年でまた準備するさ。それは大和が持っておけ」

永野先生に言われるも、葵先輩は不思議そうな顔をする。


「まぁ、今年は都大路に行けなかったから、悔しい思い出かもしれないがな。でも、我が部が城華大附属をあそこまで追い詰め、あんなにも戦えたのは……。大和、お前がずっと部をまとめて引っ張って来てくれたからだ。本当にお前には感謝してる。ありがとう。だから、その象徴であるタスキは大和が持っていてくれ。来年度はお前に良い報告が出来るよう、我々も頑張るよ」


「綾子先生……。こちらこそ、ありがとうございました。走ることが好きだっただけのうちが、駅伝で都大路を賭けて戦うくらいにまで成長出来たのは、綾子先生がいたからです。こんな素晴らしい仲間と走れたことは、うちの一生の思い出です」


一礼する葵先輩の目からは涙が溢れだしていた。

私達も思わずもらい泣きをしてしまう。


葵先輩を涙と笑顔で送りだし、10日程経つと、私は3年生へと進級した。


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