196区 正月早々嵐が吹く

桂水市で初詣と言えば、市内の東側にある桂水神社と相場は決まっている。


桂水神社は、私の家から自転車で20分、えいりんの実家からだと徒歩5分の場所にある。


その立地条件がゆえに、私が自転車でえいりんの実家へ行き、そこから2人で歩いて行くことで、一瞬で話はまとまってしまった。


よくよく考えたら、えいりんの実家に行くのも生まれて初めてだ。

同じ市内でも中学校区が違うため、中学の時は行く機会がなかったのだ。


携帯に送ってもらった地図を頼りに実家へ向かう。

向かいながら多少迷うのは覚悟していたが、まったくの杞憂だった。


なぜなら、えいりんが実家の前に立って待っていてくれたからだ。


「えいりん、寒くない? 風邪ひいちゃうよ」

えいりんに向かってかける声と一緒に、真っ白な息が出る。


さすがに深夜ともなると、冷たいをとおり越し、痛いくらいに気温が低く感じられる。


「いや、2階の部屋からさわのんが見えたから、急いで出て来ただけなんですけど。あ、自転車は玄関の横に停めておいて」

えいりんが手に持っている缶コーヒーで場所を指す。


言われた場所に私が自転車を停めると、えいりんは持っていた缶コーヒーを私に手渡して来た。


その缶コーヒーはとても暖かく、両手で缶を包むと、寒さのせいか、指先を流れる血液までもが暖められている感じがした。


2人で仲良く缶コーヒーを飲みながら、歩いて桂水神社へと向かう。

徒歩5分ということもあり、神社に向かう最中でも除夜の鐘がはっきりと聞こえてくる。


「除夜と言う言葉には『古い年を除き去る』って意味があるんだよ」中学生の時に、晴美が教えてくれた言葉を思い出す。


ふと、私は横にいるえいりんの顔を見る。


私にとって、古い年を除き去るためにしなければならないことを思い出す。

どうしても、えいりんに聞きたいことがあったのだ。


「ねぇ、えいりん。聞きたいことがあるんだけどさ。都大路の時、前の選手を上手く風よけに使ってたけど、あれどうやってたの。なんか風が来るのが分かってるみたいって解説の人が言ってたけど」


「ああ、あれは簡単なからくりがあるんですけど。風の吹き方はコース上の……」

最初は生き生きと話していたえいりんだが、だんだんと声が小さくなり、話の途中で会話を辞めてしまう。


「えいりん?」

歩きながら横にいるえいりんの顔を覗き込む。

具合でも悪くなったのかと思ったが、えりんはなぜかクスッと笑っていた。


「やっぱりこれは内緒。さわのんといつか対戦する時に、奥の手は持っていたいし」

そう言われてしまうと、私もそれ以上は追究することが出来ない。


おかげで、えいりんがどうやって風をよんでいたのかは謎のままとなってしまった。


その後は世間話をしながら神社へと向かう。

さすが桂水市最大の神社。鳥居をくぐる頃には辺りは人だらけとなっていた。


人の波にのまれそうになりながらも、どうにか賽銭箱の前にたどり着く。


2人してお賽銭を入れ、手を合わせる。私が祈り終わった後も、えりんは微動だにせず祈り続けていた。


参拝を終え、おみくじを引き、破魔矢を買って来た道を戻ることにした。

えいりんの家に着いた時に、ふと私はえいりんに尋ねてみた。


「えいりんはさっき何を祈ったの? やっぱり来年こそは対戦出来ますようにって?」


私の質問にえいりんは首を振る。


「もう、神に祈るのは辞めたんですけど。私は私の手で自分の夢を勝ち取るって決めたの」


えいりんの言わんとする意味が理解出来なかったが、その眼は真剣で、まるで何か覚悟を決めているかのようにも思えた。 


その真剣さゆえに、私はえいりんに言葉の意味を追求することが出来なかった。


まだ新年のあいさつをしていないと言うえいりんの一言で、お互いに「明けましておめでとう。今年もよろしくね」とあいさつを交わし、私は帰路につく。


家に帰ると時刻はすでに午前2時を回っていた。

明日は昼頃まで寝ててもいいかなと思いながら、ベッドへと入る。



だが、そんな私の思いは姉のせいで脆くも崩れ去ってしまった……。




「結依! なんでそんな大事なことを突然言うのよ! しかも正月に。こっちにだって準備ってもんがあるのよ。お父さんもなんか言ってやって。って、お父さん、動揺してるの? しっかりしてよ!」


母親の怒鳴る声で私は目を覚ます。


寝ぼけながらも携帯で時刻を確認すると、まだ朝の7時半だった。


また姉が何かやらかしたのだろう。

姉が実家で暮らしていた時は、日常の光景だったので妙に懐かしい気がしたが……。今日くらいはのんびりさせてほしかった。


とりあえず、何が起きたかだけを確認して二度寝をしようと思い、髪も解かずにリビングへと行く。


「おはよう。朝からどうしたの? 何をやらかしたの? 結衣ねえ」

「何じゃないわよ! 結依の彼氏が今日の昼間、うちにあいさつに来ることになったの」

私が聞き終わる前に母親が私に向かって、答えを叫んで来た。


母親の言葉に、私は思わず「はぁ?」となんとも間抜けな声を出してしまった。


まったく姉ときたら……。


そんな大事なことを当日の朝に突然言うあたり、本当に昔と何も変わってないようだ。


いきなりの出来事で、私もすっかり目が覚めてしまった。


昨日の大掃除ですっかり片付いた我が家だが、姉が彼氏を連れてくるなら話は別だと、母親の指示のもと、家の掃除と飾り付けが行われる。


しかも、姉は彼氏を駅まで迎えに行くからと、家を出てしまい、母は持て成しの料理を作るからと台所に入る。


そう、掃除と飾り付けは私1人でやる羽目になってしまったのだ……。


ゆるすまじ、姉!!

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