195区 理由はなに?

駅伝の一週間後、葵先輩は防衛大の入試を受ける。


さすがと言うべきか、葵先輩はあっさりと一次試験を突破し、12月入ると、今度は二次試験を受ける。


葵先輩が二次試験を受けた次の週の日曜日。

全国高校駅伝が行われる。


昨年ばれなかったことを良いことに、今年もまた永野先生は全員を会議室に集め、駅伝を観戦しようとしていた。


「綾子先生。何ですかこれは?」

葵先輩が疑問に思うのも無理はない。

なぜか葵先輩の前には、大量のお菓子が袋ごと山の様に積まれていたのだ。


「何って。大和の合格祝いだ」

「いや、合格祝いって……。最終発表は来月ですよ。この前二次の面接を受けたばかりなのに」

「じゃぁ、一次試験合格祝いだな」

永野先生の一言にため息をつきながら、葵先輩はお菓子の袋を私達にも配ってくれた。


そのお菓子を食べながら駅伝を見る。


「来年は鍋でもやりますか?」

お菓子を食べながら、嬉しそうに麻子が提案をする。


「よし分かった。じゃぁ、湯川は1人で留守番だな」

麻子は、永野先生が言わんとする意味が分からなかったらしく、きょとんとしていた。


「来年はここで見るんじゃなくて、都大路を走らなきゃだめかな」

晴美にそう突っ込まれ、ようやく意味を理解したようだ。


今年の高校駅伝は、先頭が目まぐるしく入れ替わる展開となった。


1区はスタートから城華大附属の住吉慶が積極的に先頭を引っ張り、一度もトップを譲ることなく、2位に6秒差を付けて区間賞。


しかし、2区でえいりんが5人抜きをして熊本の鍾愛女子がトップに出る。


修学旅行でえいりんと親しくなっただけあり、2年生4人は熱心にえいりんを応援していた。


えいりんはレース中、前方にいる選手に追いつくと、真後ろや、斜め後ろにぴったりと付いてから抜かすことがあった。


解説者の解説によると、今日の2区はやや強い風が突発的に何度も吹いており、えいりんは風が吹く時に上手く前の選手を風よけに使っているらしかった。


「まるで、風がいつどの方向から来るか分かっているかのようです」

解説者の驚きにも似た声が、なぜか私の耳に響いて来た。


少なくとも中学生の時のえいりんは、そんな走りをしたことはない気がする。


高校生になってからも、熊本県選手権や昨年の高校駅伝を見る限りでは、やはり思い当たる走りを見たことがない。いつの間にそんな芸当を身につけたのだろうか。


えいりんでトップにたった鍾愛女子高校も、3区に入りあっさりと抜かれてしまう。

ちなみに鍾愛女子の3区は修学旅行の時に出会った仁美と言う子だった。


4区、5区でも先頭の入れ替わりがあり、終わてみれば優勝は愛知県。2位は鹿児島県となった。城華大附属は昨年の6位から4位へと順位を伸ばし、えいりんのいる鍾愛女子高校は2連覇達成はならず3位と言う結果だった。



高校駅伝を見終わると、もう年末だなと感じる。

驚いたことに、大晦日に姉が熊本から帰って来た。


実家に帰って来たのは一体どれくらいぶりだろう……。

少なくとも私が高校生になってからは一度もない。

多分、私が中学2年生の秋頃が最後ではないだろうか。


「結依、あんた帰って来るなら、帰って来るって連絡ぐらい入れなさいよ! こっちだって食事の準備ってもんがあるのよ。本当にあんたは、そういうところ全く変わってないわね。誕生日にプレゼントを送ってくれたりして、大人になったと思ってたのに」


突然我が家に帰って来た姉を見て、私は相当驚いたが、私以上に母親は驚いていた。

父にいたっては、ハトが豆鉄砲を食らったと言う表現の見本のような顔をしていた。


どうやら、両親も全く知らなかったらしい。


そんな両親に構うことなく、姉はリビングにキャリーバックを置くと、一生懸命に何かを探し始めていた。


何を探しているのかが気になり、私が後ろから覗き込むと同時に、姉が私に大きな封筒を渡してきた。


封筒には姉の通う桜ヶ渕大学の名前が印刷してあった。


封を開けて中身を取り出すと、桜ヶ渕大学のパンフレットと過去問題集が出てきた。


「大型連休の時も峰里さんが渡したらしいけど、こっちが最新版。赤本……って聖香、過去問のことを赤本って言うのを知ってるわよね? とにかく、その赤本は、あくまで参考に。あとパンフレット見ればわかるけど、うちの大学、センター試験も利用出来るからセンター対策もきちんとやること。それと、理科の教員免許は私のいる生物科だけじゃなくて、化学科でも取れるから。どうしてもうちの大学に来たいのなら、センター利用時に併願で出すって手もあるわよ」


姉がこうして真面目にアドバイスをしてくれるのは、何とも珍しい気がした。


まさかとは思うが、姉は私に色々とアドバイスをするために帰って来たのだろうか。だとしたら、私は姉に心の底から感謝をしないといけないのかもしれない。


そんな姉とのやりとりのあと、私は除夜の鐘が鳴り始める頃に家を出る。

えいりんと初詣に行く約束をしていたのだ。


中学の時は親が許してくれず、昨年は予定が合わなかったので、2人で初詣というのは今年が初めてだった。

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