133区 紗耶800m決勝

大会2日目。桂水高校からは紗耶が800mに出場するのみだ。


「第3レーン貴島さん、城華大附属。なお貴島さんは予選の通過タイムトップであります」

紹介されると貴島祐梨は手を上げ一礼をする。


「「「ゆり~~!!!」」」

スタンドから城華大附属の部員が掛け声をかける。

貴島祐梨も両手を振って返事を返す。


「これは負けられないわね」

それを見て葵先輩が妙な闘志を燃やす。つまり私達もやるということですね。


「第7レーン藤木さん、桂水」


「「「さや~~!!」」」

私達も城華大附属に負けじと声を出す。


が……、言われた本人が一番予想外だったのだろう。ものすごく恥ずかしそうに、こっちに手を振っていた。


「さやっち、ものすごく照れてるかな」

晴美がそれを見て笑う。


800m決勝がスタートし、セパレートからオープンへと変わった所で8人が団子状態になる。紗耶は6番手に付けていた。


意外だったのは、予選トップのタイムを出した貴島祐梨が最後尾にいることだ。

8人全員が団子状態のままでレースが進んでいく。誰もぺースを上げようとしない。完全に牽制し合っていた。


トラックを1周し400m走った所で場内アナウンスが流れる。


「この1周は71秒。71秒であります」

「ええ? 自分が昨日3000mを走った時の400m通過より遅いし」

タイムを聞いて紘子が渋い顔をする。確かに800mにしては相当遅いペースだ。現に私が昨年の秋に800mを走った時は64秒で通過した。


「牽制し合って、誰もレースを引っ張ろうとしないか。これは後半荒れるな。お前らよく見とけよ。こういうレースは、どこでレースを動かすかがポイントだからな」

永野先生の解説はもっともだ。


これだけペースが遅いと下手に動くことが出来なくなる。前に出るとペースメーカーにされてしまうからだ。それならば、ラストスパートで勝負するしかない。そのためにも、体力を温存しておいた方が良いだろう。


8人の集団のまま、ラスト200mまで来る。紗耶はこの時点で5位につけていた。

貴島祐梨が8位でラスト200mを通過すると同時に、走りを切り替える。


そのスピードは紗耶を含めた他の7人とはレベルが一桁違った。一瞬の間に7人全員を抜き去り、あっと言う間にトップへ出る。


抜かれた他の選手が貴島祐梨を追いかけるようにして、壮絶なスパート合戦が始まる。


だが、紗耶はそのスパート合戦に参戦していない。


5位だった順位は8位……つまりは最下位となり、前を走る7位の選手とも差が開き始めていた。


「紗耶さん! こっからです! 頑張ってください!」

紘子が普段以上に大きな声で紗耶に応援を送る。


ラストスパートが得意な紗耶のことだから、貴島祐梨が出るのと同時にスパートをかけるのかと思っていたのだが……。


そういえば、今朝、紗耶は800mの決勝に残ったのは初めてだと語っていた。


予選は流しているとはいえ、2日で800mを3本走るのは体力的にも相当きついはずだ。もしかしたら、最下位でも8位入賞と語っていたのは、紗耶自身が自分の体の状態を理解したうえでのことだったのだろうか。


ただ、紗耶にスピードがあるのも事実だ。それは、昨年のトラックや、駅伝でも証明済みだ。練習でも200mや400mを走る時などは、私のすぐ後ろを付いて来ている。3000mだと部内5番手だが、短いスピードだと麻子や葵先輩よりも速い。


中学ではずっと1500mを走っていた紗耶だが、そう考えると案外800mという種目が合っているのかもしれない。


と、紗耶の走りが変わった。


「頑張れ!」と祈りながら紗耶を見続けていたので、その瞬間をはっきり見ることができた。


それは走りが変わったというより、紗耶のオーラが変わったと表現しても良いくらいの変化だった。


残り150mの地点。

カーブの一番膨らんだ部分を越えた瞬間に、紗耶が一気にスパートをかける。


そう、これだ。このスパートこそが紗耶の持ち味だ。


カーブを抜け直線に出るまでの50mで1人を抜いて7位にあがる。

直線に入るとあえて4レーン辺りまで紗耶が膨らむ。


余裕のある時ならまだしも、こんなにも壮絶なラストスパート合戦になっている時に、あえてムダに距離を多く走って4レーンまで膨らむなんて……。


正直、一瞬紗耶の行動が理解出来なかった。


だが、その次の瞬間には、「あ! これは紗耶の作戦勝ちだ!」と納得してしまう。

他の選手が入り乱れながら、1・2レーン辺りを走っている最中、紗耶1人が4レーンを一気に駆け抜けて行く。


もちろん、紗耶のスパートが速いのもあるが、紗耶が4レーンを走っているせいで、他の選手は後ろから紗耶が来るのに気付かないのだろう。


紗耶が横を駆け抜けた直後に慌てて追いつこうとするが、これだけのスピードだと、そのタイミングで対応したのでは間に合わない。


直線を50m走る間に紗耶は3人を抜き去り、4位となる。


だが、さすがに相当きついのだろう。3位へと迫ろうとしている紗耶は、若干顎をあげて、少しでも酸素を取り込もうとしていた。


「紗耶ラスト!」

「藤木さんファイトです」

「紗耶頑張って!」

紗耶の力になればと私達は大声を張り上げる。


でも3位へは届かず、貴島祐梨がトップでゴールした3秒後、紗耶は4位でゴールした。

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