124区 聖香の嘘と暴かれる真実
「いや、聖香ってさ、昨年は800m優勝したじゃない。で、次の総体は1500mでしょ。私も陸上の雑誌を読んで一生懸命勉強してるんだけどざ、中距離で強い人ってセパレーツのユニホームを着てることが多いじゃない? 聖香はセパレーツのユニホーム着ないのかなって」
麻子の一言に私は思わず目が点になる。
というか、麻子にとって勉強とはなんなのだろうか。
これが試験だったら、麻子は間違いなく範囲外のどうでも良いことを必死にこだわって勉強している状態だ。なんとも麻子の頭の中の残念なこと。
でも、その残念さが今の私にはなんとも好都合だ。
「いや、別に着ないわよ。そもそも、麻子。私達は駅伝部なのよ? メインは駅伝。トラックはあくまで駅伝に向けてのスピード強化。つまり、すべては駅伝のため。だったら、駅伝と同じユニホームで走った方が本番に繋がるでしょ?」
「あ、それもそうね。すごいわね、聖香。そんな些細なことまで駅伝へと繋がるように考えているのね。さすがだわ」
私の説明に、麻子が妙に感心していた。
よし、上手く逃げ切った。これで私の勝利は確定だ。
心の中で私は思わずガッツポーズをする。
だが……。
「あさちゃん、騙されたらダメだよぉ~。それはせいちゃんの見苦しい言い訳なんだよぉ~」
紗耶が間髪入れずに、麻子に力説を始める。
「え?そうなの?」
麻子が紗耶の顔と私の顔を交互に何度も見始める。
まったく紗耶め、余計なことを……。
「そうだよぉ~、あさちゃん。考えてみてよ、せいちゃんの理屈でいくなら、駅伝では履かないスパイクを履いてトラックレースに臨む必要はないんだよぉ~」
紗耶が右手の人指し指を立てて麻子に力説する。
って、私があえて触れなかった話題に触れるんじゃないわよ、紗耶。
「あ、そうよね。それって、ユニホームよりも重要なことなんじゃないの?」
なんの迷いもなく、まるで小さな子供がお母さんに尋ねる様な顔で麻子が私を見て来る。
そんな顔で見られると、非常に心が痛むのだが……。
「仕方ないな。ここは私の出番かな」
わざとゆっくりと歩きながら、余裕たっぷりという表情をして晴美が私達の側にやって来る。
「あさっち、まずは今の聖香を見てほしいかな。Tシャツを着てるけど、これがいつものユニホームを着てる感じだと思ってほしいかな」
晴美の説明に、麻子は「なるほど」と何度も頷きながら、私の姿を上から下、下から上へとじっくりと見ていた。
さすが、晴美だ。幼稚園からの付き合いなだけはある。
一瞬ですべてを見抜いてしまった。
「で、こうすると、ほら」
晴美がなんの前置きもなく、私のTシャツを胸の上まで捲り上げてしまう。
あまりの手際の良さに、私は抵抗することすら出来なかった。
というか、心の準備もさせてもらえないのですね……。
と同時に、麻子の「あ~! なるほど」と言う声が漏れる。
「Tシャツを着てると、服が緩いのと、普段見慣れているせいで、あんまり気にならなかったけど、スポブラの状態で見ると、聖香の胸が無いのがものすごく目立つのね。なんと言うか、まな板? これは、セパレーツのユニホームを着たらダメだわ」
ものすごく感心した声で、麻子が非常にきつい事実を伝える。
ええ、そうですよ。自分でも分かってますよ。
昨年、風呂上がりに鏡を見て、気付きましたとも。
でも、麻子なら上手く誤魔化せると思ってましたよ。
まさか、こんな形でみんなに晒されるとは思いもしませんでしたよ。
そして、晴美。早くTシャツを降ろしてよ!
てか、葵先輩や紘子、さらには朋恵までもが憐れむような眼で私を見ているのが、ものすごく心に響くのですが……。
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