103区 久美子先輩の気まぐれ?
「おい麻子。これはいったいなんや」
ベッドから麻子のお兄さんが起き出して麻子を睨む。
「いや、普通に起こしても兄貴起きないから、趣向を変えてみようと思って。年末年始の休みでたまに帰って来たと思ったら、毎日毎日だらだらと……。てか、そんなんでよく大阪で1人暮らしが出来るね。寝起きがあまりにも悪いから仕事とか遅刻したりしてないか、おかんがいつも心配しとる」
「ああ。まあ、確かに結構ぎりぎりだな。そんなに心配してくれるなら、麻子が毎日電話で起こしてくれよ。それより朝飯は?」
「台所にある。兄貴の恋人じゃないんだし、何が楽しくて毎朝電話しなきゃならないのよ」
麻子がふて腐れた顔でため息をつく。
「あの……」
私の後ろで久美子先輩が呟く。
「自分がやっても良い」
久美子先輩の一言に、私と麻子だけでなく、麻子のお兄さんすらも「え?」と言うような顔になる。
「自分が毎日起こしてあげる。だから、連絡先教えて」
「いやいや、久美子さん。うちの兄貴のために変な労力を使う必要ないですから。こんなのに関わるのは人生の無駄ですから」
久美子先輩の突然の発言に、麻子があたふたしながら必死で説得を始める。
「無駄じゃない」
久美子先輩が麻子のお兄さんの側に行き、ベッドの隅に置いてあった携帯を手に取る。そして、何も言わずに携帯を操作し始めた。
「ちょっと、久美子さん!」
「いや、マジで俺は大丈夫っす」
「そうですよ。兄貴も21歳。いい大人ですから」
「今電話したのが、自分の番号。アドレスはそのうち教える」
麻子とお兄さんの説得を無視し、久美子先輩は麻子のお兄さんの携帯から自分の携帯へと電話を掛けてしまったのだ。
あまりの出来事に私も麻子も、麻子のお兄さんですら、唖然とするだけだった。
「さて、麻子の部屋に」
私達の態度を気にもせず、久美子先輩が部屋を出て行こうとする。
「は、はい」
「どうぞ、ごゆっくり……」
麻子とお兄さんが久美子先輩の言葉で我に返る。
久美子先輩に続いて、私と麻子も部屋を出る。
お兄さんの隣の部屋が麻子の部屋だった。
どうやら、奥から年齢順にお兄さん、麻子、弟となっているようだ。
「それにしても、こんな雪の日に何をやっているんですか?」
部屋に入り、ベッドに腰掛けて麻子が私達に質問をして来る。
どうやら、先ほどの久美子先輩の行動を追及する気はないようだ。麻子が聞かない以上、私も聞くことは出来そうもない。
「いや、あまりの雪に感動しちゃって。走りに出たら遭難しかけた」
今日一日の出来事を嘘偽りなく話したのだが、麻子は大きなため息をつく。
「聖香はともかく、久美子さんまで……。2人ともバカすぎ」
いや、私はともかくってどう言うことよ。
「自分は元々大馬鹿だから」
久美子先輩にしては珍しく満面の笑みで麻子に返事を返す。
「そうですね。さっきのを見てよく分かりました。あ、本当に兄の世話をするなら、気を付けてくださいね。兄貴、女に免疫ないですから。朝、電話するだけで久美子先輩に惚れるかもしれませんから。あ、そろそろ大丈夫かな。ちょと2人の服を取って来ます」
麻子がいそいそと部屋を出て行く。
麻子の言葉で、私はずっと自分の下着を左手に握ったままだったことに気が付いた。
しまった……。麻子のお兄さんの部屋にいた時もずっと握ったままだ。久美子先輩の行動に気を取られて、意識してなかった。
もしかして、私、すごい変な人に思われたのではないだろうか。
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、麻子が服を持って帰って来ると急いで着替え、雪が止んでいることを確認すると、渋る久美子先輩を急き立てて麻子の家を後にした。
新年早々、なんとも大騒ぎの一日だ。
晴美に後で話をしたらきっと大笑いされるだろう。
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