99区 白銀の世界
えいりんと楽しい時間を過ごし、今年一年のイベントはすべて幕を閉じた。
正月も特に予定はなく静かなものだった。おせちを食べ、駅伝部のみんなから届いた年賀状を確認し、親戚の家へと行く。後は、ニューイヤー駅伝と箱根駅伝を見たくらいだ。
そして正月三が日も終わり、冬休み後半戦が始まった日のことだった。
朝、眼が覚めて部屋のカーテンを開け、思わず驚きの声を上げる。
辺り一面、白銀の世界だ。
マンションの12階にある我が家。周りに高い建物もなく、部屋からは桂水市内がよく見渡せるのだが、見える景色すべてが真っ白だった。
昨日、寝る前に雪が降り始めたのは知っていたが、まさかここまで積もるとは。きっと10cm近くは積もっているのではないだろうか。
こうなると、やることは一つしかない。
急いで携帯を取り、晴美に電話する。携帯で確認すると、時刻は8時だった。きっと晴美も起きているだろう。
数回コールが鳴った後、晴美が電話に出た。
「どうしたのかな、聖香。いや、なんとなく理由は分かってるんだけど、とりあえず話してみてくれるかな」
「さすが晴美。ねぇ、今からジョグに行きたいから自転車で付き合ってよ。こんなにも雪が積もってるんだよ。これは走らなきゃ損でしょ」
理由が分かってると言ったわりには、私が話すと電話越しに大きなため息が聞こえて来た。
「ごめん、聖香。前言撤回。私は聖香の陸上バカっぷりを侮っていたかな。てっきり、雪だるまを作ろうとか、そんなことだと思ってた。うん、聖香の楽しみを邪魔するのは悪いんだよ。私のことなんて気にしなくていいから、聖香1人でしっかりと雪を堪能して来て欲しいかな。あ、今料理中だから電話きるね」
最後は随分と早口になりながら、晴美は電話をきってしまった。
まぁ、料理中なら仕方がない。それに、晴美の言うとおり、この白銀の世界を独り占めするのも悪くはないだろう。
急いで着替え、台所へと行く。適当に食パンとバナナを頬張っていると父親が不思議そうに私を見て来た。
「せっかくの雪だから走って来るね」
父親にそう告げると、なぜか父親は寂しそうな眼をしていた。
私の行動になにか問題でもあっただろうか……。
と、そんなんことを気にしている場合ではない。
早くあの白銀の世界に降り立たなくては。
玄関のドアを開けると冷たい空気が顔に当たる。
いつもとは違う景色のせいか、今はその冷たさが妙に気持ちいい。
エレベーターのボタンを押し、1階に停止していたエレベーターが上がって来るのを待つ間も私はうずうずしていた。
そのおかげで、私を乗せたエレベーターが1階に到着すると同時に、小走りでエントラスホールを抜け、勢いよく外へと出る。
キュッと言う新雪を踏み抜いた音が妙に心地よい。
「おお~」
間近で見る白銀の世界に、私は思わず感動の声が漏れる。
さて、どこまで走りに行こうかと悩むと同時に、いつも練習しているグランドを見てみたいと思った。
そうと決まればと、さっそく桂水高校へ向かって走り出す。
走る度に、キュッキュッと雪を踏む音が聞こえて来る。
まだ随分と幼かった頃に履いていた、音の鳴るサンダルを思い出してしまう。私はあのサンダルが大好きで、その場で足踏みをしては、ピコピコと音を鳴らして遊んでいた。なんとも懐かしい思い出だ。
雪の上を走り続けると、シューズの中が随分と冷たくなってくる。
きっと、靴の周りに付いた雪が溶けてシューズの中に入って来ているのだろう。
元々通気性の良い陸上シューズ。こればっかりはどうしようもない。
だが、雪国ならいざ知らず、瀬戸内海に面したこの桂水市では滅多に出来ない体験だ。貴重な経験が出来ているということで良しとしよう。
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