98区 えいりんからのお土産

「結構暑いわね」

「いや、それはさわのんだけだから。私は普通に歩いて来たし」


喫茶店の席に着き、私の第一声にえいりんが笑いながらツッコんでくる。

もう、今回は何を言われても仕方がない。


幸い、ウエイトレスさんは私達の事情を知らないようで、普通に注文を取り、厨房へと消えて行った。


これでウエイトレスさんにまで、さっきの出来事が知られてしまったら、私はこの店に二度と来れないだろう。


運ばれて来たケーキセットをあらかた食べた所で、えいりんがバックから何かを取り出す。


「はい、さわのん。京都のお土産」

「開けてみて良い?」

「もちろん」


えいりんの言葉で、私はさっそく袋を開けてみる。

中から出て来たのは、予想外のものだった。


「全国高校駅伝のタオルとTシャツ? あと、パンフレット……だよね」


「そう。さわのんにはピッタリかなって」

「いや、素直に嬉しいけど。てっきり、京都らしい和風的な小物とかと思ってた」


私の一言にえいりんが目を丸くする。

うん? 私、何か変なこと言ったっけ?


「さわのんでも、そう言った物に興味あるんだ。てっきり、走ること以外は興味ないのかと思ってたんですけど」


ちょっとえいりん? さらっと酷いこと言ってませんか? 


「いやいや、えいりんそれはあんまりでしょ? 私だって女の子だもん。小物とかにだって興味あるから」


心の底からえいりんに訴えるが、えいりんは随分と疑ったような眼で私を見ている。


いったい、えいりんの中で、澤野聖香と言う人物はどんな姿をしているのだろうか。

公園でのこともあり、これ以上ツッコむと、どこかで恥ずかしい失敗をしてしまいそうなので、私は話題を変えることにした。


「で、どうだったの都大路は?」

私の言葉に、一瞬でえいりんが喰いついた。


「もう、何もかもが桁違いに凄かったんですけど! 前日に開会式があったんだけど、マスコミがたくさんいるし、ものすごく偉い人もいっぱい来てた。当日なんて、中継所に入るにはIDカードを首からかけてないと入れないし。あと、中継所にテレビが置いてあって、状況が逐一分かるようになってた。それとさ、走り出したら沿道の応援がずっと続いてるんだよ。私が走った3キロの間、ず~っと応援がいるの。私がトップにたった時なんて、沿道から歓声があがってたし。しかも、道路は全部通行止めになってて、あんなに広い道を駅伝をやるためだけに使ってるの。後さ、閉会式もすごかった。開会式とは比べ物にならないくらいマスコミが来てて、いっぱい写真撮られたもん。それに、優勝したら、賞状、メダル、優勝旗、楯、トロフィーなんかをもらったんだけど、どれもすっごい大きいんだよ」


身振り手振りを交えながら、えいりんが必死になって説明してくれる。


こんなにも、必死で喋っているえいりんを見るのは初めてかもしれない。


「ほんとうに、あれは出場しないと味わえない感動があったんですけど。だからさ……」


えいりんがじっと私を見て来る。


「さわのんも来年はあの場所においでよ。私も藍葉も幸運にも1年生にして、あの凄さを味あわせてもらったからさ。次はさわのんもぜひね」


本当に優しい笑顔を見せるえいりん。

その笑顔が私はすごく嬉しかった。


「でもさ、えいりんはまだしも、私と藍葉はどちらかしか、都大路の舞台に立てないんだけどね。まぁ、藍葉には悪いけど来年は負ける気ないけど」


「さわのん、藍葉には内緒だよ。京都で出会った時に藍葉さぁ、さわのんが城華大附属に転校してくれば良いのにって言ってたんですけど」


えいりんの言葉に思わず私はきょとんとしてしまう。


「藍葉、そんなこと言ってたの? それ、同じ学校にいたら、いつでも私と勝負出来るってのが理由な気がする。それに、私はただ都大路を走りたいんじゃなくて、今の桂水高校のメンバーで都大路に出場したいの。だから、城華大附属に転校するなんて絶対にありえない。そもそも、それなら藍葉が桂水高校に転校して来れば良いじゃん」


「さわのん……。それは無理ってもんなんですけど」

「まぁ、確かに。藍葉は間違いなく特待生で入ってるだろうしね」


「いや、そうじゃなくてね……」

えいりんがなんとも気まずそうな顔で私を見て来る。


その理由が分からず、私は首を傾げてしまう。


「藍葉の学力じゃ、天地が引っくり返っても桂水高校の編入試験に受からないから……」


ああ、そう言うことか。


そう言えば、中学の時3人で話しをしていた時に、藍葉の学力があまりにも残念だと発覚したことがあったっけ。


これから先、間違っても藍葉に桂水高校に転校して来れば? とは言わないようにしよう。藍葉のことだ、絶対に激怒するに決まっている。


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