97区 冬休み:えいりんルート?
冬休みも気が付けば数日が経ち、世間一般で言う年末と言われる時期となっていた。
瀬戸内海に面した桂水市は比較的温暖な気候と言われているが、さすがにこの時期ともなると、寒さがきつい。
ふと、出かける前にリビングを横切った時、テレビの中のお天気お姉さんが「所によっては今夜から雪になる」と、語っていたのを思い出だす。
あまりの寒さに自分の両手を口元に持って行き、息をかける。
こんなにも寒いなら、手袋を付けてくればよかった。
そんなことを考えながらも、私の視線が手元から目の前の通りへと移る。
「お待たせ。ごめんね、少し遅くなっちゃたんですけど」
私の真似をするかのように、えいりんが口元で手を合わせながら謝って来る。
「大丈夫よ、えいりん。私も今来たばかりだから。てか、おかえり。熊本から帰って来たばっかりなんでしょ?」
「10時頃に新幹線で桂水駅に着いたばかり」
その答えを聞き私が歩き出すと、えいりんもつられて歩き始める。
先月オープンした喫茶店に行ってみようと約束をしていたのだ。
年末でもやっているのが何とも嬉しい。
喫茶店で待ち合わせても良かったのだが、たまには桂水市を散歩したいと言うえいりんの希望もあり、喫茶店の近くにある桂水自然公園北側入り口で待ち合わせとなった。
この公園には北と南に入口があり、目的の喫茶店は南側入り口から徒歩2分の場所にある。
私は歩きながら自分の腕時計で時刻を確認する。
今の時刻が11時半。
お昼の混雑前にお店へ入ることが出来そうだ。
「てか、えいりん。わざわざ、熊本から帰って来たその日にすぐ会わなくてもよかったのに」
「一刻も早く、さわのんに会いたかったんですけど」
私が尋ねると、えいりんがちょっと拗ねた声を出す。
いや、そんなことをいきなり言われても……。
「まぁ、今晩から家族で親戚の家に泊りに行って、年が明けるまで帰って来ないって事情もあるんですけど」
笑いながら種明かしをするえいりん。
まったく、えいりんめ。一瞬だけドキドキした私の心のときめきを返してほしい。
と、えいりんがじっと私を見て来る。
「どうしたの? えいりん」
「いや。さっき、さわのんが時計見た時に、あっ、そう言えばさわのんって右手に時計を付けるんだなって。私の周りで左利きってさわのんだけだから、その光景がすっごい不思議なんですけど」
まるで手品を真剣に見つめる子供の様に、えいりんが私の右手首を見ている。
そんなえいりんとは対照的に、私は大きなため息をついてしまう。
「どうしたの、さわのん?」
私の右手首から視線を外し、えいりんが私の目を見て来る。
「いったい私は、一生の内に後何回、左利きってことを珍しがられれば良いのかしら。時計を右に付けるんだね。ハサミ使いにくそう。ブラ外す時に不便じゃない? 運動の時に有利じゃん。御飯食べる時、食べにくくない? もう、本当に聞き飽きた! そもそも、産まれた時から左利きなんだし、ハサミも箸も何不自由なく使ってるわよ! それに球技苦手だから、利き手なんか関係ないし! あと、私のブラにホックなんてない!」
自分の心の底から込み上げて来る思いが抑えきれず、えいりんに向かって私は一気にまくし立ててしまう。
横で聞いていたえいりんが、大声で笑い始める。
その笑い声と、込み上げた来たものを一気に吐き出したせいで、私は我に返った。
周りを見渡すと、公園を散歩していた人達が、じっとこっちを見ていた。
しまった。思った以上に大声が出ていたようだ。
てか、高校生になってからこういったシーンが何度もあった気がするのだが。
そんなことを考えながらも、私は歩調を速め、えいりんを置き去りにするくらいの勢いで歩き出す。
自然公園南側入り口が見え始めると、小走りを始め、公園を抜けると同時に、喫茶店の中へものすごい勢いで駆け込む。
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