88区 1区決着

2度目の登りでも私がリードを奪うが、下りですぐに追いつかれる。私と宮本さんの呼吸音が、まるで何かの演奏を奏でているようだった。それも、とびっきりテンポの速い激しい曲を。


宮本さんはどうか分からないが、私にはほとんど余裕が残っていない。はたして最後の登りでどれくらいリードが奪えるのだろうか。


最後の登りに差し掛かると同時に、私は体に残っている力を一気に出し切る。距離にして200mの登り。後残りは約280m。葵先輩にタスキを渡したら倒れ込んでしまってもいい。今、体に残っている力をすべて出しきってやる。


登り初めてすぐ、私が宮本さんからリードを奪う。それでも私は前に進む力を緩めない。絶対に下りで詰めれるのは分かっている。リードはいくらあっても足りないのだ。


100m進むと宮本さんの呼吸音が少しだけ遠ざかっているのが分かった。


それを確認すると、私はタスキを肩から外して、手に持ち変える。


後50mも走れば登りが終わり、葵先輩が待つ中継所が見えるはずだ。


ここまで必死で走って来た証なのだろうか。全身から汗が噴き出しており、ランシャツも汗で体にぴったりと張り付いている。


後20mで登りきるというところで、後ろの呼吸音が近づいて来たのが分かった。

予定外に登りで詰められている。下りではさらに詰められることが予想される。


驚きながらも、私は必死で逃げ切ろうと、地面を思いっ切り蹴って前へと進んでいく。


登り切った所で、中継所が見えた。蛍光オレンジのユニホーム。それと白と青のユニホーム。2人の選手が道路に出てスタンバイをしていた。向かって左側が葵先輩だ。


「聖香! ラスト」

80m先にまで聞こえて来るくらい、葵先輩の声は大きかった。


そして大きくなって欲しくないのに、だんだんと大きくなる宮本さんの呼吸音。決して私も手を抜いているわけではない。それでも確実に差を詰められている。もともとリードも大してなかったはずだ。それが今や真後ろにまで迫っている。


そう思った時には遅かった。一瞬で真横に並ばれてしまう。


もうここまで来たら、意地のぶつかり合いだ。永野先生が言っていた。「相手よりも強く都大路に行きたいと思えるか」それが大切なんだと。


もちろん行きたい。このメンバーで都大路を走りたい。


だからこそ、ここで負けるわけにはいかない。


タスキを両手に持ち、渾身の力で走る。宮本さんは相変わらず真横にいる。私は一歩でも前に出ようと必死に体を動かす。もう体のあちこちが悲鳴を上げていた。「お願い。あと数mだけ我慢して」自分の体に向かって、私は必死で言い聞かせる。


「聖香!」

「葵先輩、あとお願いします」

短い言葉を交わし、タスキを渡す。葵先輩が走り出すと同時に城華大附属の桐原さんも走り出していく。


酸素を欲している私の体は、走り終えてなお、荒い呼吸を繰り返していた。


その横では泉原学院、聖ルートリアのタスキリレーが行われる。


「お疲れさん。タイムいくつだった?」

宮本さんが私のところにやって来た。宮本さんも私と同じで全身汗びっしょりだ。


「えっと。19分18秒ですね」

時計を見て私は答える。


答えながら、宮本さんが時計をしていなかったことを思い出す。


「う~ん。タイム自体は悪くないのか。これでタイムが遅くて区間賞を逃していたなら最低だったけど……。そのタイムなら良しとするか」


一瞬、何を言っているのか分からなかった。

でも、すぐに理解する。


「ほんの一瞬、私の方がタスキ渡しが遅かったんよね。2区以降なら同タイムで区間賞でしょうけど、1区だと着順がつくからね。悔しいけどあなたが区間賞よ」


そうは言うものの、宮本さんの顔は悔しそうには見えなかった。

むしろ、すべてを出し切って満足しているような感じだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る