89区 2区の攻防

ちなみに、コースが折り返しのため約30分後には先頭が再びやって来る。そのせいで、この中継所は競技場に戻るバスの時間がやたらと早い。更衣室に荷物を持って行き、急いで着替えてバスに乗り込む。


走り終わって少し暑かったが、散々迷った末に葵先輩が来ていたベンチコートも着ることにした。着てしまえば荷物を少しでも減らせる。


ゆっくりとそんなことを考えられる分、私は恵まれていたのかもしれない。後ろの選手にいたっては、走り終わって休む暇もなく着替え、呼吸も整わぬうちにバスへと入って来る。最後尾の方だと荷物だけ持ってユニホーム姿のままバスへと入って来る有様だ。


「これ毎年問題になってんのよ。でも、一向に改善しないんよ」

なぜか横に座って来た宮本さんが、息絶え絶えに入って来る他校の選手を見て私に教えてくれる。


ちなみに私は一番後ろに座っていたのに、わざわざ宮本さんはそこまでやって来たのだ。


宮本さんの言葉を聞いたのち、私は携帯を取り出してテレビを点ける。2区以降の様子が気になるので、携帯を着替えのバックに入れておいたのだ。


他の選手も同じ考えなのだろう。あちこちからテレビの音声が聞こえてきた。


「さぁ、2区もラスト200m。先頭を走る城華大附属高校の桐原、しっかりと前を見つめ必死に走っています」


テレビに真っ先に映ったのは蛍光オレンジのユニホーム。城華大附属だ。ここまでの間にトップが入れ替わったようだ。トップといってもほんのコンマ数秒だが。


「さすが城華大附属ですね」

「まぁ、狙いは全国入賞だからね」

横から一緒に携帯を見る宮本さんの眼は、真剣そのものだった。冗談を言ってるようにはみえない。私達は眼中にないと言うことか。悔しいが、これが現実なのかもしれない。


画面をよく見ると後ろに青と白のユニホームが映っているのに気付く。葵先輩だ。どうやら、大差がついているわけではないらしい。


「そして、2位でラスト200m地点を通過するのは、創部1年目、初出場の桂水高校。1区の澤野が1年生にして区間賞を取る素晴らしい走り。2区に入ってすぐに城華大附属に抜かれましたが、今この時点で差は5秒。強豪の泉原学院、聖ルートリアを抑え、堂々2位を走っております」


大丈夫、5秒差ならまだ可能性は十分にあるはずだ。


「さぁ、今年も第2中継所に先頭でやって来たのは王者城華大附属高校。3年生の桐原から2年生で初出場の岡崎に今タスキリレー」


城華大附属がタスキリレーを行う横には久美子先輩がユニホーム姿で立っていた。


「そして、2位で入って来るのは初出場桂水高校! いったい誰がこの順位を予想していたでしょう。キャプテン2年生の大和から同じく2年生北原へとタスキが渡ります」


必死にラストスパートをかけながらも、久美子先輩にタスキを渡すその瞬間、葵先輩は満面の笑みだった。そういうところは随分と葵先輩らしいなと思ってしまった。


桂水高校のタスキリレーが終わると私達を乗せたバスが発車する。バスが動き出しても宮本さんと私はお互い会話もすることもなく、携帯で中継を見続ける。

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