83区 スタート前

目が覚めた時、辺りはまだ薄暗かった。携帯を見ると時刻は5時半。部屋を見渡すとみんなまだ熟睡している。私はみんなを起こさないように静かに着替え、昨日もらったばかりのコートを着て外に出た。


日はまだ登っておらず、空は薄暗いが、それでも澄み渡っているのがはっきりと分かる。


今日は良い天気になりそうだ。


街を30分程度散歩して、旅館へ戻る。我が部は永野先生の方針で朝練を行わないので、この時間に体を動かすのは随分と久々な気がした。


それでも歩いている最中は、不思議と脚が今までにないくらい軽く感じられた。ふわふわと浮くような感じではなく、本当に物理的に軽くなっているような感じだ。


アップをしてみないと分からないが、今日は調子が良いのかもしれない。


部屋に戻るとみんなすでに起きており、全員で朝御飯を食べて旅館を出発する。


競技場に到着すると、あちこちに応援用ののぼりが立てられ、まるで祭りのような雰囲気を醸し出していた。


「ほら、澤野。なくすなよ」

昨日みんなで思いを込めたタスキを永野先生が渡して来る。


よく見ると『桂水高校』と言う文字の下に小さなお守りが付いていた。ミーティングの後で永野先生が付けたのだろう。


「あらためてタスキを見ると駅伝って感じがするわね」

「何としてでもつなげるんだよぉ~」

「当然」

「当たり前よ。つなげた上で、城華大附属に勝ってみせるわよ。あたし、一番で帰って来ますから」


みんながそれぞれの思いを口にし、私達のテンションはだんだんと上がって行く。


「女子駅伝参加の各学校へ連絡します。2区以降の輸送バスの準備が出来ました。各中継所行きのバスへ乗車をお願いします」


遠くの方から役員が拡声器で叫んでいる。


「いよいよね。次に全員がこうやって集まるのは、ゴールしてからね。よし、それじゃぁ」

葵先輩が右手を自分の斜め前に出す。


「え? 葵さん、昨日のあの話、本当にやるんですか?」


「もちろんよ」

その答えを聞き、ため息をつきながらも麻子が葵先輩の右手に自分の手を重ねる。その上から私達も円周上に並びながら手を重ねて行く。もちろん晴美も含めてだ。


永野先生と由香里さんが微笑みながらこっちを見ていた。それが原因かは分からないが、なんだがくすぐったいような恥ずかしさが込み上げて来る。


「それじゃあ、みんな。悔いのない走りを。今までの練習をすべて出し切ってこよう。最後まで絶対にあきらめない。常に前進あるのみ。桂水高校女子駅伝部! ファイト!」


「「「おー!」」」


掛け声と共にやる気がしっかりと充電されたのが分かる。いよいよ私達の初めての挑戦が始まるのだ。


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