76区 荒ぶる麻子とエリート棟

「で、2年生2人は帰ったのか……」

ため息を漏らしながら永野先生がうな垂れる。


「まぁ、百歩譲って練習の方は疲労抜きだからいいとしよう。だが、あいつら駅伝前に何をやっているんだ?」


永野先生にしては珍しく、いらついたような声を出していた。


仕方なく1年生3人のみで練習をして、この日は部活終了となる。部活が終わって着替えていると、晴美がやって来る。今日の出来事を話すと、かなり驚いた顔をしていた。


そして次の日。葵先輩も久美子先輩も部活に来なかった。


「まさか2人とも来ないとは思わなかったぞ」

永野先生は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。かなり不機嫌そうだ。おかげで私達も何も言えぬまま部活を始める。


駅伝まで約二週間となったこの時期に、こんな形でチームの結束が崩れるとは思いもしなかった。葵先輩、久美子先輩とも部の創設から関わっているし、先輩として私達をひっぱり部活を盛り上げて来てくれた。その先輩がいないというのはチームとしてかなりの痛手だ。


なにより根本的に駅伝に必要な最低人数に達していない。


「先輩達、駅伝どうする気なのかな」

部活終了後、晴美が不安そうにため息をつく。

紗耶も心配そうに相槌を打つ。


「明日、2人を問い詰める!」

着替え終わった麻子は独り言のように言い放ち、1人で帰ってしまった。


部室のドアを叩きつけるように閉める姿を見る限り、相当いらついているようだ。


そして次の日の昼休み。クラスメイトと御飯を食べようと弁当箱を開けた瞬間に、麻子が教室に入って来た。


「何をしてるの聖香。行くわよ」


「いや待ってよ。今から御飯。てか、私も行くの? 麻子が1人で行くのかと」


「時間がないから分担したの。久美子さんの所には晴美と紗耶が行ってる。私達は葵さんのところよ」


せかす麻子を必死でなだめながら、詰め込むように弁当を食べる。多分、過去最速の速さで食べ終わったのではなかろうか。おかげで、食事をしたという気分がしなかった。


麻子と一緒に教室を出る時、まだお弁当を広げていない生徒すら多数いた。きっと紗耶と晴美にいたっては、まだ御飯を食べていないのではないだろうか……。


いや、考えようによっては、私も食べずに麻子に付き合うべきだったのかもしれない。


そんな後悔を頭の中で駆け巡らせながら、私と麻子は一年のクラスがある教室棟の3階から渡り廊下を伝って管理棟の3階へ行く。ちなみにこの渡り廊下は、けいすい祭のミス桂水の〇×クイズの時に、3階の×エリアになった部分だ。


管理棟のへ着くと、今度は一階まで下りて、葵先輩がいる第二教室棟へと歩いて行く。


桂水高校は各学年に普通科が7クラス、理数科が1クラスある。その中で理数科だけは普通科とは校舎が別になっているのだ。


ちなみに第二教室棟と名前が付いているものの、私達普通科の間では通称『エリート棟』と呼ばれている。


県内でも有数の進学校とされる桂水高校。その中でも群を抜いて進学率が高く、進学先も素晴らしい理数科クラス。毎年、東大・京大へ合格する者が数名いる上、医学部に行く生徒も多数いる。


正直、このクラスの生徒と学力で勝負しても勝てる気がまったくしない。葵先輩はそんなクラスで学力1位というのだから本当に恐れいる。しかも、理数科クラスにしては珍しく運動部に所属してるというのに。


勉強に専念するためか、理数科クラスの生徒はほとんどが部活に入っていないそうだ。


決して禁止されているわけではないのだが、みんな塾に通ったりで、入部率は極端に低いと聞いた。葵先輩の学年でも、部活に入っている生徒は35人中6人だけ。しかも運動部は3人。女子に関しては葵先輩だけらしい。


「よく考えたら、私エリート棟に来るの初めてだ」

私はお腹をさすりながら、思ったことを口に出す。麻子に急かされ急いで食べたせいで、昼御飯が胃の中に残っている感じがする。


第二教室棟は2階建ての小さな校舎だ。管理棟との渡り廊下は1階部分にしかなく、その1階は理数科クラス専用の図書室、進路相談室、それに自習室があった。


図書室の看板を見た時に、葵先輩が以前「専門書には困らない」と話していたことを思い出す。きっと難しい本がたくさん並んでいるのだろう。


2階に上がると、各教室ごとに学年が書かれた看板がぶら下がっていた。よく考えたら普通科と違い各学年1クラスだから、クラス名ではなく学年を書けば事足りてしまうのである。


1年生から3年生までが隣り合って並んでいるのは、なんとも不思議な光景だ。


私達はその3つ並んだ教室の真ん中、2年生の教室まで行く。


先輩方の教室へ入るというのは何とも勇気がいる。入口の前で深呼吸をしようと大きく息を吸った瞬間、なんのためらいもなく麻子が引き戸を引く。


まったく、麻子には緊張とか遠慮はないのだろうか。


そう思って麻子を見ると、その思いが間違いであるとすぐに気付いた。


あきらかに顔が不機嫌だった。


そう、麻子は怒っていたのだ。


今の麻子にとって、先輩方の教室は緊張するとか以前に、葵先輩に会いたいと言う思いの方が強いのだろう。

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