77区 イラつく麻子と気まずい葵先輩
「失礼します。あたし女子駅伝部1年の湯川と言います。大和葵さんはどこでしょうか」
教室に入るなり、麻子は大声で自己紹介と要件を口にする。
教室にいた生徒が一斉に麻子に注目した後に、後ろの隅っこで他の女子生徒と弁当を食べていた葵先輩を見る。
突然みんなの注目を浴び、葵先輩は戸惑っていた。それ以上に麻子と私の姿を確認して、気まずそうにしている。昨日部活をサボっているので、やましい気持ちもあるのだろう。何も言わずに席を立ち、私達の所へ歩いて来る。
部活中はポニーテールでまとめている髪が、今は両肩にかかり、どことなく清楚な感じを漂わせていた。
「いったいどう言うことですか!」
「いや、まぁ……。何と言うかね」
開口一番、麻子は葵先輩を問い詰める。
こちらは清楚の欠片もなかった。
葵先輩も珍しく口ごもっている。
「言い訳はいいです。久美子さんと何があったんですか!」
麻子の追及はお構いなしに続く。
「何があったも何も、あれは久美子が悪いんだから。この期に及んで駅伝に対してやる気がないって言うんだもの」
「久美子さん、はっきりとやる気がないって言ったんですか?」
「いや、そうじゃないけど……。あれはどう考えてもそう言う意味だったわ」
少し口を濁す葵先輩と、それを聞いてため息をつく麻子。何を思ったのか麻子はおもむろに携帯を取り出し、少し離れてどこかに電話を掛ける。私は葵先輩と2人きりになってしまった。
「だいたい久美子ったら、都大路に出たらなにかと面倒くさいって言ったのよ。どう考えてもやる気ないでしょ。言い方変えたら出たくないって意味じゃない」
独り言なのだろうか、それとも私に喋っているのだろうか。どちらとも取れるような話し方で葵先輩は愚痴を漏らす。
私は何も答えられなかったが、葵先輩もそれ以上は何も言わなかった。
そうこうしているうちに麻子が戻って来る。
「葵さん。今日こそは部活に来てください。話はその時にしましょう。では、失礼します」
戻って来るなり、かなりドスの効いた声でそう言い放ち、要件は済んだとばかりに麻子は帰ろうとする。葵先輩も麻子の迫力に押され、「分かった」と一言返すだけだった。歩き始めた麻子を見て、私は我に返り「それでは部活で」と葵先輩に会釈をして、その場を離れる。
「さっき、どこに電話してたの?」
「うん? 紗耶のところ。久美子さんに『何があっても今日部活に出て来るように』って伝えてもらったの。なんか別々に説得しても、らちがあかないって分かったから」
教室棟に帰りながら麻子に聞くと、そんな答えが返ってきた。それだったら最初からそうすれば良いし、わざわざ私がお弁当を早食いしてまで、葵先輩の所に行く必要もなかった気もするのだが……。
今の麻子の表情を横目で見る限り、とてもそんなことを口に出せる雰囲気でもなかった。
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