75区 先輩達の亀裂

10月も中旬を過ぎると、すっかり暑さも消え、風が涼しくなって来た。おかげで昨日行った駅伝の試走も随分と走りやすかった。


ちなみに県高校駅伝のコースは折り返しの直線コースとなっている。


私の走る1区6キロは、100mのスタート地点からスタートし、陸上競技場を1周して県道に出ると、道なりにずっと直進。1キロ地点を少し過ぎると、長さが300m近くある大きな橋を渡る。


橋には車道が上下線それぞれ2車線と歩道があり、幅もかなり広い。橋全体が赤色で、モニュメント的な意味もあるのか、半円上のアーチと鉄柱によって周りを飾ってある。半円の高さが20m近くあり、遠くからでもこの橋が見えるため、観光の目玉にもなっているらしい。


ちなみにこの赤い大きな橋は、金魚橋と言う愛称がついている。


実は橋の色が赤いという理由だけで、金魚橋という愛称になったというのは、山口県内なら小学生でも知っているくらい有名な話だ。


その金魚橋を超え、ラスト1キロまではずっと平坦。ラスト1キロのみ、高低差が激しいアップダウンが小刻みに続く。アップダウンが得意な私としては、ここで勝負を仕掛けたいところだ。


2区4・0975キロはひたすら直線の平坦コース。


3区も平坦だが、約500m走ると折り返しが入る。つまり3区3キロのうち、折り返して3区のスタート地点に戻って来るまでに1キロ走り、残りの2キロは2区のゴールから中間地点までを逆走することになる。


4区3キロは、2区の中間点からスタートまでの2キロ分と1区のラスト1キロ分を逆走、つまり4区もラスト1キロがアップダウンだ。


そして5区5キロは1区の5キロ分の逆走。今度は金魚橋を渡り切って100m進むとラスト1キロとなる。ただ、1区と違い100mのスタート地点から競技場に入り、1周と100m走ってゴール。


1区より5区の方がトラックを100m多く走るが、そこは2区の端数分0・0975キロ、つまりは約97m分と3区の折り返し地点までの距離で調整をしているようで、折り返し地点がそのまま全体の中間点となっていた。



今日は試走の翌日ということで、練習もジョグのみとなっている。

ちなみにこういう疲労抜きの日は、晴美は美術部に顔を出す。


1人で部室に向かっていると、下駄箱付近で麻子に声を掛けられる。

2人して世間話をしながら歩き、部室が見えて来た時だった。


「ねぇ、あれ紗耶よね」

「そうね。左側だけお団子を結ってるのは、校内でも紗耶くらいでしょ」

言いながら紗耶を見ていたが、あきらかに挙動不審だった。部室の入り口前でそわそわしながら、行ったり来たりをしている。


まるで、今から不法侵入を試みようとしている泥棒のようだ。


「おーい。紗耶」

麻子が大声で紗耶を呼ぶと、紗耶はびくっと驚きこっちを向く。私達に気付くとかなり焦った顔をしながら、手で何やらジェスチャーを始める。


だが、何を伝えたいのかまったく分からなかった。紗耶も伝わらないのが分かったのだろう。まるで忍者のように、音を殺しながら私達の方へ小走りでやって来た。


「部室の中が大変なことになてるんだよぉ~」

「え? でも紗耶……。今、あなた部室の前にいたわよね」


麻子の質問に紗耶は苛立ちを見せた。


「中になんて入れないよ。あおちゃん先輩とくみちゃん先輩が大声で喧嘩してるんだよぉ~」

私と麻子はお互いの顔を見合わせ、さっき紗耶がしたように足音を忍ばせながら部室の入り口に近付く。


「なによ! じゃぁ、うちが悪いっていうわけ?」

「別にそうは言ってない。ただ、葵の言い方が悪いってだけ」

「結局悪いって言ってるじゃないの! あなた、うちのことバカにしてるの?」

葵先輩と久美子先輩の声がはっきりと聞こえて来る。

いつもはもの静かな久美子先輩までもが、大声を出していた。


「だいたい久美子はいつもそう。走ることに関しては、なんか冷めてると言うか興味がなさそうと言うか。後少しで駅伝なのよ!」


「今、それは関係ない。そもそも、葵に自分のことなんて分からないし」


「なにその言い方! 分かって欲しいなら自分から語ったらどうなのよ!」


「葵、いつもは好奇心旺盛過ぎなのに、自分がかまって欲しい時だけ、そうやって相手から絡んで来るのを望む。正直、めんどくさい」


「本当にうちのことバカにしてるのね。もういい! あなたとなんか走りたくない」


葵先輩が叫び終わると同時に、足音がこっちに向かって来る。その場から私達は逃げようとしたが間に合わなかった。


部室のドアが開くと同時に、私達と葵先輩が向き合う様な格好になる。私達の顔を見て葵先輩は一瞬気まずそうにするが、すぐに表情を戻し、久美子先輩にも聞こえるような声で「気分が悪いから帰る」とだけ言い放ち、自転車置き場へ向かってしまった。


部室の中にいた久美子先輩に眼をやると、手のひらサイズのパソコンを閉じながら深くため息をつき、「走る気分じゃない」と、同じように部室から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る