67区 あなたは憧れの人

私達の真後ろにあるふすまが当然開いたと思ったら、永野先生と由香里さんがやって来て、私達の会話を中断させる。


「18時から食事って言ったのは、永野先生ですけど?」

「そうですよ。綾子先生が遅れてどうするんですか」

麻子と葵先輩が立て続けに永野先生に訴える。


だが、その言葉に真っ先に反応したのは、永野先生ではなく、城華大附属のメンバーだった。


「永野……」

「綾子?」

宮本さん、藍葉、貴島祐梨の3人が、なぜかその場に立ち尽くす。


「加奈子先輩?」

葵先輩が不思議そうに声を掛けると、宮本さんが我に返り大きく深呼吸をして、永野先生の方を見つめる。


「失礼ですが、全国高校駅伝で城華大附属高校が初の全国制覇をした時、アンカーを走られた永野綾子さんですか?」


宮本さんの急な質問に、永野先生も状況が把握出来ず、「ええ」と短く返事をするだけだった。


でも、藍葉達にはその肯定の一言で十分だったようだ。


「入学してすぐに、阿部監督から当時のビデオを見せてもらいました。本人を前にして、すぐに気付かなくて申し訳ありませんでしたが、永野さんの走りには大変感動しました。私達もあんなにすごい走りが出来るように、日々頑張っています。今日はお会いできて光栄です」


宮本さんが一礼する。藍葉も貴島祐梨も、「私達もです」とそれに続く。


「あ……そうなんだ。なんと言うか……ありがとう。てか、阿部監督は毎年そのビデオを見せてるってことなのか?」


宮本さんになんとか返事を返すものの、突然の展開に、永野先生はどう反応していいか分からないのか、答えを求めるように由香里さんの方を見る。


「良かったじゃない。あなたのことを尊敬してくれる人がいて」

笑いながら由香里さんが答えると、また後ろのふすまが開き、まさに今話題に出た城華大附属の阿部監督が入って来る。


「よかったですね。あの時のあなたの走りは、今でも多くの人の目標となり、感動を与えていますよ」


話が聞こえていたのだろう。阿部監督は笑顔で永野先生を見つめながら優しく語り掛けていた。


「阿部監督にそう言ってもらえると非常に光栄です」

永野先先生が深々とお辞儀をしてお礼を述べる。


「さて、お互いに生徒も待っていますし、食事にしましょう」

阿部監督の一言で、全員がその場から移動して食事となった。


それにしても、先ほどのやりとりで永野先生のすごさを改めて認識させられた。永野先生みたいになりたいと思った自分の気持ちは、間違っていなかったようだ。


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