63区 3000mタイム決勝

ピストルが鳴って一斉に選手がスタートする。

スタートと同時にかなり速いペースでレースが推移していく。


まず最初に先頭に出たのは城華大附属の宮本さんだ。県総体の時とは違い、最初から自分でレースを作っている。その後ろに藍葉と城華大附属の桐原さん。聖ルートリア、泉原学院などの選手が集団で付いて行く。


と、私はあることに気付いた。


藍葉は今回も3000mに出場している。


でも、さっき私が表彰式を終えた後に、ロビーで出会った。

時間的に見て、アップの途中でわざわざ私に会いに来たようだ。


まったく……。素直じゃないんだから。


そう思いながら、私は久美子先輩と紗耶に眼を移す。


久美子先輩と紗耶は、前から12番目辺りを2人で競うようにして走っていた。12番目とはいえ、先頭集団の一番後ろだ。2人とも最初から積極的に走ているようだ。


久美子先輩は一歩一歩をダイナミックに蹴り出している。いわゆるストライド走法と言う走りだ。対照的に紗耶は、歩幅を小さくして小刻みに脚を動かし、早いリズムで走っていた。俗に言うピッチ走法だ。


その走りを見る限り、2人とも県のトップクラスと戦うプレッシャーなどに負けることなく、きちんと自分達の走りが出来ているのが分かる。


レースは城華大附属の宮本さんを先頭に、7人の集団が1000mを通過する。ちなみに城華大附属の3人全員がこの集団の中にいた。


久美子先輩達は少し遅れ、第二集団の先頭となっていた。


「聖香。1区で加奈子先輩と走ってどれくらいの差で行けそう?」

レースを応援しつつ葵先輩が私に突然質問をして来る。


しかし、その答えを出すのは非常に難しかった。なぜなら、私と宮本さんの実力を比べる基準がないからだ。


「どうでしょうね。正直、やってみないとなんとも言えませんが……。私と総体で2位だった城華大附属の山崎藍葉が同じくらいでしょうから……」

私が言葉を選びながら返事を返すと、私の右斜め前で観戦していた永野先生が笑いながら後ろを振り返って来た。


「澤野、お前何を言っているんだ? 逆に聞くが大和。澤野が今この3組目にいたらどの辺を走ってると思う?」


まるでクイズでもしているかのような軽いノリで永野先生が質問をして来るのだが、当てられた葵先輩はもちろんのこと、問題にされた私でさえ答えることが出来なかった。


「城華大附属の山崎藍葉と同じって言うくらいだから、プラスマイナスを考えても、やっぱり先頭集団の中盤くらい?」


永野先生の左側に座っていた麻子が、少々自信なさげに回答をする。


「まぁ、あくまで私の見立てだがな。澤野がこのレースに出てたら、普通に先頭を引っ張っているな」

誰もがその一言に半信半疑だった。

正直、当の私ですら信じられない。


「お前ら、自分達の力をどれだけ過小評価してるんだ? もう少し自信を持てよ。都大路出場は別に届きもしない遥か彼方の夢じゃなくて、割と現実的な目標だぞ。だいたい、私が指導していて、走れないわけないだろ?」


その永野先生の熱い言葉とは対照的に、冷めたため息を吐く由香里さん。


「いや、その言い方は逆にみんなが不安になるわよ? 綾子」


「え? 本当に今年の駅伝も絶対いい所で走れると思うんだけど」


「根本的に分かってないのね。あなたの実績と指導力に関係性がないって言ってるの。もちろん実績は知ってるわ。でも指導力は、これから駅伝で生徒が結果を出して初めて付いて来るもんでしょ。それに生徒達も、自分の力が具体的に分かった方が良いんじゃない?」


由香里さんの一言に永野先生が微妙に不満そうな顔をする。由香里さんが私の左斜め後に座っているので、私を挟んで行われるやり取りに、少し居心地が悪かった。


「なんか由香里に正論を言われるとすごく悔しいわね。胸が大きいくせして」

あきらかに負け惜しみを言う永野先生。

いや、胸はあまり関係ない気がするが。

そりゃ由香里さんはかなり大きいですけど。


「それより、応援の方が今は大事かな。ほら、北原先輩が1500mを通過しましすよ!」

晴美が私達全員に対して、子供を叱るような声で言う。


永野先生を含め、全員が素直に応援に戻る。

晴美には保育士などの才能があるのかもしれない。


言い変えれば、私達は思いっきり子供と言うことか……。


「まぁ、由香里の意見はもっともだな。確かに具体的に示してやるべきか……」

永野先生は独り言のようにつぶやいていた。

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