64区 ラストスパート
半分の1500mを過ぎた時点で、久美子先輩は10位に順位を上げる。腕をしっかりと振って、脚を大きく前に出して走り続けている。ここまで走ってストライドが落ちないのは、素直にすごいと思った。
「やっぱり北原は走りが違うな。腐っても鯛ってやつか」
「いや、綾子先生……。そのことわざ、使い方間違ってますからね」
葵先輩の一言に永野先生は、「なんで?」と言いたそうに首を傾けていた。
紗耶は先ほどと変わらず12位を走っている。久美子先輩とは10mくらい差が開いたものの、小刻みに脚を動かし、懸命に前を追っていた。
晴美に聞いてみると紗耶のペースが10分を少し切るくらい。
このままいけば、紗耶自身初となる9分台だ。
相変わらず宮本さんが先頭のまま、2000mを通過する。先頭集団は城華大附属の3人と、聖ルートリア、泉原学院の選手を合わせた5人になっていた。城華大附属以外の選手は総体の時にも先頭集団を走っていた人達だ。きっとこの2人も1区にエントリーしてくるのだろう。
宮本さんはスタートからずっと先頭を引っ張り続けている。タイムもこのまま行けば余裕で9分30秒を切れる勢いだ。本当に私がこのレースに出ていたら、先頭を引っ張ることが出来るのだろうか。自分自身でも疑問に思ってしまう。
久美子先輩が2000mを過ぎた時点で動きをみせた。今までとは逆にフォームを小さくして、紗耶のような走り方に切り替える。それと同時にスピードも少しだけ上げたようだ。順位も10位から9位へと上がる。
紗耶もそんな久美子先輩に少しでも喰らい付こうと、懸命に走り続ける。だが少し苦しくなって来たのだろう。今まで小刻みにリズムよく動いていた脚の動きが崩れ始めていた。
「うーん。やっぱり藤木はショート向きだな」
「それが分かってて、なんで藤木さんを3000mに参加させたよの、綾子!」
野先生が何気なく言った一言に、由香里さんが「今すぐ答えなさい」と脅迫するような声で喰らい付く。
「別に虐待してるとかじゃないから。高校駅伝はどんなに短い区間でも3キロ走らないといけないの。これも必要なことなのよ」
その返答に由香里さんも納得したのだろうか。その後は特に追求しなかった。
先頭がラスト1周を切ってレースが大きく動く。先頭を引っ張り続けていた宮本さんがラスト1周になると同時にスパートをかける。残りの4人は付いて行けずに、そのまま宮本さんが最初から最後まで一度も先頭を譲らずに1着でゴール。記録は9分26秒44だった。
2位は熾烈な争いになる。ラスト300mで聖ルートリアの選手が2位になるが、50mもいかないうちに今度は山崎藍葉が2位に上がって来る。この2人の抜きつ抜かれつの争いはラスト50mまで続く。最後の最後で藍葉のスパートが冴えわたり、山崎藍葉が2位でゴールする。
ちなみに4位が泉原学院。5位が城華大附属の桐原さんだった。
そしてラストで見せ場を作った人物がもう1人。
ラスト200mを切った瞬間に紗耶が仕掛けて、一気に久美子先輩との差を縮めて行く。この200mだけなら1位でゴールした宮本さんにも匹敵するのではないかという走りだ。
久美子先輩はラスト100mを切ってフォームをまたストライド走法に戻し、懸命に走る。そのすぐ後ろには紗耶が迫って来ていた。
紗耶はこの200mで順位を2つ上げ、終わってみれば、久美子先輩が9位。紗耶が2秒差で10位と言う結果だった。
紗耶のラストスパートは、本当にすごいものがあった。
晴美によると紗耶はこの200mで久美子先輩との差を6秒も縮めたらしい。実際、短い距離の練習だと紗耶は私を抜きにかかることもあるくらいだ。
下手をするとラストスパートだけなら私も負けるのではないだろうか。
総合的な走力は部内で一番下かもしれないが、ラストスパートの強さだけなら間違いなく紗耶は桂水高校女子駅伝部の中でもトップクラスだ。
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