40区 合宿終了

私にとって一番の懸案事項だったプールの時間をどうにかクリアし、ついに合宿も最終日を迎えることができた。


「よし、全員着替えを入れたな? それじゃ出発だ」

助手席に晴美を乗せた愛車ラポンのアクセルを思いっきり踏み、永野先生が先導を開始する。


最後の練習は、学校をスタートして大回しながら桂水海水浴場までのロードジョグだ。スタートしたのは午後4時半。まだまだ暑さが厳しいが、最後の練習ということもありみんな元気だ。それに海水浴場に行けば、永野先生の親友夫婦が経営する海の家で、バーべキューが食べられるのだ。元気にならないわけがない。


はずだった……。


「ちょっと! 海に向かってるはずなのに、どうして山を登ってるのよ!」

麻子が私の後ろから悲痛な叫び声をあげる。


実は「少し回り道をするから車に付いてこい」とだけ言われ、誰もコースを知らされていないのだ。途中で晴美と永野先生が給水をしてくれるが、コースに関してだけは絶対に教えてくれない。


大きな分かれ道の近くで車を停めており、私達が来ると曲がって先に進む。私達はそれについて行くだけだ。いくら地元でもコースが分からないと精神的にかなり堪える。


それでも2時間半走って、やっと海に到着した。


「着いた~!」

「長すぎ!」

珍しく大声で叫ぶ葵先輩と、それとは対照的に相変わらずクールと言うか無関心に近いような久美子先輩。その横で麻子と紗耶は走り疲れてぐったりしていた。


「あら、いらっしゃい。待ってたわよ」

私達が到着した海岸にある海の家から、1人の女性が出て来た。

この人が永野先生の親友なのだろうか。


ショートカットの永野先生とは対照的に、ロングヘアーで笑顔もマシュマロのように柔らかく、さらにはとても女性的な魅力に溢れている人だ。主に体の一部が……。


「あれは反則かな」

「同じ女性で、こんなにも違うものなのね」

晴美はその女性の……、葵先輩は自分の……、胸を見ながら唖然としていた。


いや、本当に胸が大きいのだ。正直私の何十倍……。

まぁ、私も駅伝部で一番小さいのは自覚しているが……。


「由香里! ビールがないわよ」

永野先生が海の家の奥から出て来る。

そう言えば、気付けばいなくなっていた。


「その前にやることがあるんじゃないの? 綾子!」

「え? 由香里の胸はもう揉み飽きた」

マシュマロの様な笑顔が一瞬にして般若に変わる。


「私は生徒の紹介くらいして欲しいって言ってるの! ビール瓶で殴るわよ!」

「一言も言ってないじゃん」

永野先生の一言に般若がさらに深みを増す。

それくらい由香里さんは怖い顔をしていた。


さすがに永野先生も何も言い返さず、私達を1人ずつ紹介する。

そして、今度は逆に由香里さんを私達に紹介してくれた。


「私の幼馴染で滝川由香里。保育園から中学までの腐れ縁だ。実家も100mくらいしか離れてないしな。それと、旦那が桂水市で料理屋を経営してて、この海の家も正式には、その旦那さんのお兄さんのものなんだ。由香里夫婦は夏だけの手伝いだな。あと、彼女の職業は……」

永野先生が言葉に詰まる。


「まぁ、フリーの音楽家って言えば聞こえは良いけど、分かりやすく言うと結婚式とかパーティーとかデパートのイベントなんかでピアノを弾いています。後、たまに歌を歌ったりもしてるけど。正直言うと、月に4件くらいしか仕事がないのよね」


永野先生の後を継いで自分の説明をしながら、由香里さんは少しだけ苦笑いをする。


「よし、というわけでビールだ」

子供のようにはしゃぐ永野先生を、由香里さんはあきらめ顔で見ていた。


「ああ、心配しないでね。私が責任を持って家まで送るから、綾子もあなた達も。旦那が10人乗りのハイネースを持ってるし。綾子の車もうちの旦那が運転して行くね」


私達に説明をしながらも、最後の一言は永野先生に向けて喋っていた。なるほど、合宿の要項に自転車で来ないことと書かれていたのはそのためだったのか。


由香里さんは永野先生のビールだけでなく、私達のジュースまで準備してくれていた。ジュースを注ぐ間に、由香里さんの旦那さんがバーベキューの準備を始める。火種は前もってある程度準備をしていたらしく、15分ほど待つと肉が焼ける良い匂いが漂い始める。


「それでは、みなさん。合宿お疲れ様でした。乾杯!」

由香里さんが乾杯の音頭を取り、みんなでバーベキューを堪能する。

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