38区 永野綾子の過去

「というわけで明日の予定は以上だ。他に質問はあるか」

ミーティングの最後で永野先生が私達を見る。


それを待ってましたとばかりに、麻子が手をあげながら元気に返事をする。

まるで授業中の小学生のようだ。


「前から疑問に思ってましたけど、永野先生って陸上経験者なんですか?」


「はぁ? どうした湯川。突然……」

麻子の発言に、永野先生は困惑気味だ。


「これは麻子とうよりは、全員からの質問なんですよ。綾子先生」

座ったまま体を前のめりにしながら、葵先輩が永野先生に迫る。


その一言を最後に沈黙が流れる。


その沈黙を破るように、永野先生が短いため息を吐く。


「そうだな……。別に黙っておこうとしたわけではないのだが……。ただ、わざわざ話す話でもなかったしな。まぁ、私自身のことを知ってもらう良い機会なのかもな」


永野先生はちょっと困ったような顔をしてその場を立ち、自分が持って来ていたファイルから色々と書類を取り出し始めた。


議事録でも作るつもりなのだろうか。久美子先輩が、いつもの手のひらサイズのパソコンのキーボードを忙しそうにタイプし始める。まさに秘書だ。


「なぁ、唐突に聞くけど、今の女子3000m山口県高校記録保持者って誰だか分かるか」

その質問に私達は顔を見合わせ、首を傾げる。

そんなことあまり気にしたこともなかった。

まずは自分達が走るのが精一杯といった感じだったからだ。


「確か入来さんって人が昨年出していたかな」

「さすがだな。よく考えたら、県総体の時に一番プログラムを見てたのは園村だもんな」

永野先生に褒められて「やったね」と子供のように晴美は喜ぶ。


「じゃぁ、その前は誰が持っていたか知ってるか?」

「あやちゃん先生、今が分からないのに、その前を当てるなんて無理ですよぉ~」

紗耶の一言に誰もが頷く。


「まぁ、それもそうだな」

永野先生は、ちょっとだけ寂しそうな表情をする。そんな表情のまま、永野先生は先ほど取り出した書類の中から、何かの大会プログラムを見つけ出し、私達に差し出す。


「それ、2年前の県総体のプログラムだ。女子3000mを見てみな」

なぜか永野先生は気まずそうに俯いてしまった。


プログラムを受け取った葵先輩を中心に、みんなが体を寄せ合いながらそのページを開く。そして、誰しもが驚きの声を上げる。


『県高校記録 9分06秒37 永野綾子(城華大附属) 全国高校総体』


この状況を青天の霹靂と言わずして何というのだろうか。

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