11区 思いたったらくまもと曜日

三連休の初日。


新幹線のドアが開くと同時に私は勢いよく外に出る。

それと同時に風呂の蓋を開けた時のようなムワッとした空気に包まれる。


ことの発端は、昨夜姉から家にかかって来た一本の電話だった。


現在大学3年年生になる姉は、熊本で1人暮らしをしている。

熊本の生活が楽しいのか、それともアルバイトが忙しいのか、姉は実家にほとんど帰ってこない。私が最後に会ったのは一年半も前だ。


帰って来ることは少なくても、電話はたまにして来る。昨日も電話に出た母は、長々と姉と喋っていた。


部活から帰って1人で晩御飯を食べ、後片づけをしていたので、何を話していたかは分からない。ただ、電話を終えた母から一言だけ言われた。


「聖香。結依が明日遊びにおいでって。せっかくだから行ってらっしゃい。交通費は出してあげるから。ついでに、結依に荷物を渡してくれると助かるわ」


そこに私の意見などまったくなかった。


それにしても、桂水市に比べ熊本市は随分と気温が高いように感じる。

熊本が『火の国熊本』と呼ばれるのも納得出来てしまう。


新幹線の改札口を抜け、地下連絡通路を渡って地上に出ると、目の前にある路面電車に飛び乗る。初めての熊本に浮かれ気分な私と違い、乗客は「これがいつもの日常だよ」といわんばかりに静かに座っていた。


私が乗った直後に電車が動き出す。そこから見える景色は、初めて見るせいか、煌びやかに輝いてい見える。


他の乗客から見ると、やはりこれも見慣れた風景なのだろう。


姉からメールで指定されていた駅で路面電車を降り、私はビックリした。降りた場所が道路の真ん中だったのだ。左右を車が勢いよく走り抜ける。


一応、私の腰くらいの高さの仕切りで道路と停留所を区切ってあるが、それでもかなりの恐怖感がある。


一緒に降りた乗客は、落ち着いた様子でその場に立っている。私もそれを真似してその場に立っていたが、内心は心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしていた。田舎人丸出しだ。


いや、桂水市も人口18万人程で、新幹線が止まる駅もあるので厳密には田舎ではないのかもしれないが、同じ市でも熊本に比べれば田舎となってしまう。


勢いよく走っていた車が止まり、歩行者信号が青になったことを知らせる音楽が鳴り始めると、周りの人が慌ただしく動き出す。まるで水が流れるようなその動きに流され、私も横断歩道へと降り立つ。


それと同時に、私はパニックになる。姉から降りる駅は聞いていても、そこからの進み方を聞いていなかったのだ。左右どちらにも大きなアーケード街が見える。そのどちらに行けば良いのかが分からない。


だからといって、この場にずっと立ち止まるわけにも行かない。当てずっぽうに、右側へ歩みだした時だった。


「聖香。こっち!」

その声に私は振り返る。

反対側の街路樹の下から姉が大声で叫んでいた。


姉の姿を見つけ、進む向きを変え、私は小走りに姉の元へと向かう。


「お疲れさん。ってあんた、随分と大きなバックを持って来たのね」

久々に会う姉の一言に私は少しムッとする。


「母さんが、結依姉ちゃんに色々持って行けって言うからこうなったの。それにシューズとかジャージも持って来たし」

ふて腐れ気味に答える私の顔を見て、なぜか姉は微笑む。


「なに?」

その微笑みの意味が分からない私をよそに、姉は「別に」とやっぱり微笑みながら歩き出す。


姉とアパートへ向かう途中で、今歩いている道路のかなり上方で別の道路が交差しているのを見つける。なんとも珍しい光景だ


。姉の説明によると、その道路をまっすぐ行くと熊本城の公園に出るらしい。地域の人がその公園でよく走っているということも教えてくれた。


明日の朝、走りに行ってみようかなと思わず思案する。


そこから歩くことさらに20分。姉のアパートにたどり着く。


薄い灰色の外観で、4階建てのごく一般的なアパートだった。姉がこっちで暮らし始める時、引っ越しの手伝いに行かれなかった私にとって、姉のアパートを見るのはこれが初めてだ。『一人暮らし』『大学生』そんな単語に、どこか夢のような生活を想像していたが、アパートの外観はそんな気分を一瞬で奪ってしまった。


むしろ日本全国どこにでもあるその外観は、私に現実というものをまざまざと見せつけてくれる。


少しがっかりしながら、3階にある姉の部屋へと行く。部屋に入った瞬間、あまりの光景に軽く意識が飛びそうになった。


「結依姉ちゃん!」

半分は怒りを込めて姉を見る。

姉はちょっとだけ気まずそうにしていた。


そこにあったのは想像を絶する光景だった。荷物を詰めた引っ越し業者のトラックが横転して荷物をぶちまけたとしても、ここまで酷いことにはならないだろう。


「今日、私はどこに寝ればいいのよ!」

姉を睨みつけながら私は問いただす。


「片付ければ問題ないでしょ」

「じゃぁ、なんで私が来るのに片付けてないのよ!」

「あぁ、そもそもが逆なの」

姉の一言に私は首を傾げる。どういうことだ?


「聖香が来るから片付けるんじゃなくて、片付けるために聖香を呼んだのよ」

開いた口が塞がらなかった。

姉が昔から片付けが苦手なのは知っている。

姉の性格もそれなりに分かっている。


それでも、これは予想外だった。

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