9区 三大欲求のうち、一つだけがすごい先輩(♀)について
それから数日後、駅伝部に入って最初の土曜日がやってくる。
午前中に行われた練習時間も無事に終わり、部室にみんなで戻って来る。
気が付けば私自身、このあきらかに物置にしか見えない建物を「部室」と呼ぶことに違和感がなくなっていた。
慣れというものは恐ろしい。
一応フォローするなら、倉庫……いや、部室は見た目さえ気にしなければ、随分と快適だ。床にブルーシートが敷いてあり、その上で着替えられるし、広さも20帖くらいあって、シューズを置くための棚と古いスチール製の机がある以外は何もなく広々している。
「お腹すいたわね」
「自分も葵に同感」
部室に入るなり、葵先輩と久美子先輩がお腹を押さえながらだるそうな声を出す。普段の女子力が高い2人からは想像もつかない声の低さと態度だ……。
と、突然葵先輩が私達の方を見る。
「ねぇ、せっかくの土曜日だし、1年生の歓迎会も兼ねて、みんなでお昼を食べに行きましょうよ」
その一言にみんな目を輝かせる。
そうと決まれば善は急げと、全員急いで着替え、学校から一番近いファミレスへと自転車を走らせる。
時間帯が良かったのか? 店に着くと、すぐに席へと案内された。
何を食べようかと吟味していると、葵先輩が呼び出しのボタンを押す。
すぐにウエイトレスがやって来て、葵先輩が注文を始める。
「えっと……オムライスカレー、たらこスパ、和風ハンバーグ単品、チーズとチキンのトマト焼き単品、から揚げバスケット、野菜炒め盛り合わせ、シーザーサラダ、チーズドリア、イタリアンピザ、卵焼き、ポテト大盛り、すべてひとつずつお願いします」
ウエイトレスが注文を聞いて、厨房へとオーダーを伝えに行く。
「葵さん慣れてますね。よく来るんですか? あたし、決められなくて困ってましたよ」
「今の注文分を全部食べきって、まだ入るようなら追加しようかな」
麻子と晴美が一安心と言った感じでメニューを閉じる。
「それ勘違い。あ、1年は初めてか」
いつものごとく、手のひらサイズのパソコンのキーボードをタイプしていた久美子先輩が、キーボードから手を離しメガネをすっと上げながら、1人で納得していた。
「今頼んだ注文、全部うちの昼御飯なのよね」
その一言に私達1年生4人は目を丸くする。
「てか、ウエイトレスさんも勘違いしてる。自分達の注文を伝える前に帰ってしまった」
久美子先輩が不満そうな顔をしながら、再び呼び出しのボタンを押していた。
そして次々に注文の品がやって来て、ものすごい勢いで葵先輩の体に収まっていくのを目の当たりにし、私達は自分の御飯を食べるのも忘れ、あぜんと見ていた。
「ありえないかな…………」
「うわっ……すごぉ~」
晴美と紗耶にいたっては、若干引いている。
「葵先輩、それだけ食べて太らないんですか?」
私が恐る恐る聞いてみると、葵先輩は「うん。だって毎日部活で走ってるし」と何食わぬ顔で答える。
いや、あきらかに摂取カロリーが消費カロリーを上回っている気がするのだが……。
私の計算違いなのだろうか。
「まぁ、うちが食べるの大好きなのも事実だけどね。そもそも中学で陸上部に入ったのも、毎日美味しい御飯をいっぱい食べたいからなのよね」
なるほど、走り始めるきっかけは人それぞれなのか。
それにしても、葵先輩がこんなにも大食いだったとは、あまりにも予想外だ。
私より少しだけ背が高く、まさにランナーと呼べるような細く引き締まった体型からは想像も出来ない。
なんだか先輩の意外な一面を見た気がした
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