8区 桂水高校女子駅伝部始動!!

そんなやり取りがあった金曜日から週をまたぎ高校生活二度目の月曜日。

私と晴美は永野先生から教わった部室へとやって来た。


「これが部室?」

「どう見ても、部室という名の体育倉庫かな……これは」

なるほど晴美の言うとおりだ。


よく見たらドアの上に『第二体育倉庫』と書かれた古いプレートが設置されている。


ドアのガラス窓に貼られている『女子駅伝部部室』の張り紙だけが、唯一この建物が部室であるということを無理矢理主張していた。


「失礼します」

ノックをしてそっと扉を開ける。


「いらっしゃい。綾子先生から話は聞いてるわ。ようこそ駅伝部へ。あぁ、堂々と駅伝部と名乗れるって幸せね。これも澤野さん達が入部してくれたおかげね。感謝してるわよ」


「葵、前から普通に駅伝部って言ってた。現に入口の張り紙も……」

「うるさいわね。気持ちが違うのよ。気持ちが」

相変わらず対照的な先輩達だ。


そして、こんな時でも久美子先輩は忙しそうに手のひらサイズのパソコンのキーボードをタイプしていた。


「えっと、お名前……。大和葵さんでしたよね」

髪をポニーテールで結んでいる先輩に、私は恐る恐る聞いてみる。


「そんな堅苦しい呼び方しなくても」

思いっきり笑われてしまった。


「あのさあ。入口で突っ立ってないで中入りなさいよ」

後ろを振り返ると、湯川麻子が立っていた。

横には藤木紗耶もいる。


「そうだよぉ~。せいちゃんもはるちゃんも、もう仲間なんだから遠慮せずに入りなよぉ」


「せいちゃん? はるちゃん?」

いきなり変な単語が飛び出し一瞬戸惑う。


「要注意。紗耶は変なあだ名つける」

「くみちゃん先輩、ひど~い! 可愛いじゃないですかぁ~」

藤木紗耶はわりと本気で怒っていた。

まぁ、喋り方はあまりそう聞こえないが、表情はあからさまにふて腐れている。


「話が進まないじゃない。とりあえず中入って!」

「あ、ごめん湯川」

「ごめんなさい。湯川さん」

湯川麻子にせかされ、私と晴美は急いで奥へと入る。

その態度が気に入らなかったのか、湯川麻子が「も~う」と牛のような声を出す。


「なんでそんなによそよそしいのよ! 同じ部員で同じ学年でしょ? あたしのことは麻子でいい。あたしも聖香・晴美って呼ぶから」


「じゃぁ、うちは葵で」

「久美子」

ここぞとばかりに先輩2人が会話に入って来る。

いや、でも先輩方は呼び捨てに出来ないから、葵先輩と久美子先輩だな。


「あれ? そういえば、なんで湯川さんは私の名前を知ってるのかな」

麻子でいいと言われても、いきなりは呼べなかったのだろう。

晴美はあえて、湯川さんと呼ぶ。

呼ばれた瞬間、麻子はイラついた顔をしたが、すぐに表情を元に戻す。


「昼休みに永野先生から聞いたの。って、なんで晴美はあたしの苗字を知ってるの?」

麻子が不思議そうな顔をする。


「聖香が言ったから、その後に続いて言っただけかな……」

晴美が苦笑いすると、麻子も意味が分かったらしく、赤面して大人しくなる。


「はーい! みんな注目!」

葵先輩の突然の呼びかけに、私達は一斉に先輩の方へ視線を向ける。


「今日から、この6人で女子駅伝部が正式にスタートよ。もちろん目標は都大路出場!」


かなりのハイテンションで語りながら葵先輩が指差した先には、

『目指せ! 都大路! 桂水高校女子駅伝部』

と書かれた手作りの横断幕が壁に貼り付けてあった。


「金曜まではなかったのに。もしかしたら、葵さんが作ったのかも」

私の横にいた麻子がそっと耳打ちして来る。


「ところで聖香。都大路ってなに?」

さらに声を小さくして恥ずかしそうにする麻子。

そうか、麻子は中学の時バスケ部だから知らないのか。


「12月にある全国高校駅伝が行われる京都のコースをそう言うのよ。つまりは駅伝の全国大会。出場出来るのは各都道府県ごとに1チームのみなの」

私も小声でそっと教えると、麻子も「なるほど」と頷いた。


麻子が真面目な顔をして納得する姿を見て、クスッと笑ってしまう。


入学式から今日で10日目。

この10日間で初めて心の底から笑った気がした。


そう思うと同時に、ようやくスタート地点に立ったのだと感じる、

みんなから10日遅れの高校生活スタートだ。

誰かの言いなりの人生ではない。

自分で勝ち取り、私が私の脚で走って行く人生だ。

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