3区 女子駅伝部(仮)
「誰だか分かってくれたみたいね」
笑いながら喋る湯川麻子に私は素直に頷く。
もしかしてまた顔に出ていたのだろうか。
「分かったところで、ちょっとあたしと来てくれる?」
言うと同時に、湯川麻子は私の手を無理矢理引っ張り、手を握ったまま歩き出す。
向かった先はなんと駅伝部の机だった。
「4人目連れて来ました」
湯川麻子が明るい声を出し、机に座っている2人に向かって元気よく手を振る。
「えっ? もう連れて来たの? 早いわね」
向かって左側に座っている生徒が驚きながら、急いでその場に立つ。
「初めまして。女子駅伝部部長の大和葵です。こっちは副部長の北原久美子。うちら2人とも2年生なの」
副部長だと紹介された北原久美子先輩は、髪型はショートカット、それに黒く細いフレームのメガネをかけており、学級委員長や生徒会長と言う固い役職が似合いそうな感じだ。
そしてなぜか北原さんの前には小さな電子機器が置いてある。
「あ、これはパソコン。自分のお気に入り。この手のひらサイズが最高」
北原先輩はそう言いながら、忙しそうに両手でキーボードをタイプする。
よくもまあ、小さなキーボードを起用に両手でタイプ出来るものだ。
「気にしないで。自分の趣味。日々の出来事を書き留めてる」
見た目の姿とその動作が重なって、私の中で北原先輩を一言で例えるなら秘書という言葉が一番だと感じてしまった。
部長だという大和葵先輩は、肩甲骨辺りまで伸びたロングヘアーに大きな目。
北原さんが美人系なら大和さんは可愛い系に分類される。
「あなた、お名前は?」
「澤野聖香です」
答えた直後にしまったと思った。
駅伝部ということは、もしかして私のことを知っているのではないだろうか……。
だが、私の名前を聞いた後も、大和葵さんは表情ひとつ変えることなく淡々と喋っている。どうやら杞憂だったようだ。
彼女の説明で分かったのは、この駅伝部は、学校の規則で定められた部活としての最低活動人員である5人に達していないため、まだ正式な部にはなってないということだ。
今現在の部員は、目の前にいる大和さんと北原さんのみ。
なるほど。だから説明会の資料になかったのか。
「というわけで分かった? そういうことだからよろしく」
説明が終わると同時に湯川麻子が私の肩を叩く。
つまり、私に入部しろということだろうか。
「それでは、あたしは最後の1人を捕まえてきます」
違った。湯川麻子の中で、私はもう入部したことになっているようだ。
「ちょっと待ってください。私、部活には……」
「あのぉ。駅伝部に入りたいんですけどぉ~」
必死で断ろうとする私の一言に、後ろから別の声が被さる。
後ろを振り返ると1人の生徒が立っていた。
いきなりのことで、私だけでなく、駅伝部の先輩方と湯川麻子も思わずその生徒に見入ってしまう。
「わたし1年2組の藤木紗耶といいます。中学でも陸上部でしたぁ~」
藤木紗耶と名乗る生徒は、見ている私も思わず微笑んでしまうくらいの満面の笑みで自己紹介と入部の意志を口にする。
「久美子。5人……そろったわよね」
「見たら分かる」
「だから、なんでやる気ないのよ。部になるのよ」
「前にも言った。自分は興味ない。葵が熱心だから付き合っているだけ」
熱心に訴える大和さんと、冷たい声で言い放ち、キーボードをタイプし終わると、すっと右手でメガネのフレームを上げる北原さん。なんとも対照的な2人だ。
「あのぉ、5人ってなんのことですかぁ~?」
話にまったくついていけない藤木紗耶が首を傾げていた。
まぁ、当然の反応だろう。
そんな藤木紗耶に向かって、湯川麻子が説明を始める。
だが、待って欲しい。
もう私が入部したこと前提で話が進んでいる。
大和葵さんのあの喜びよう。
あんなにも素敵な笑顔を壊してしまうのは忍びない。
それでも私は言わなければならなかった。
「待ってください! 私、駅伝部に入るなんて一言も言ってません。そもそも、もう私は走れないんです!」
自分でもビックリするくらい大きな声だった。
駅伝部の机の周りにいた4人はもちろん、他の部活に集まっていた周辺の人達までもが私に注目する。
その視線に私は気まずくなり「ごめんなさい」と言い放ち、後ろを振り返ることなくその場から逃げ出してしまった。
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