2区 走れない私
入学式があったのが金曜日だったおかげで、土日もなんだかすっきりしなかった。
そんな私の事情は一切考慮されず、月曜日から改めて高校生活がスタートする。
一日かけてクラスでのオリエンテーションも終わり、放課後に体育館で部活紹介が行われる。
体育館には部活ごとに机が並べられ、先輩方が座っている。
机の横には部活の名前が入った大きなのぼりが立っており、どこにどの部活があるのか一目瞭然。
新入生は自分の興味がある部活の場所へ行き、先輩方から話を聞くという方式だ。
同じクラスの子は「まるで大学生の就職活動だよね」と笑っていた。
「聖香。私、美術部を見て来て良いかな」
体育館で合流した晴美が遠慮気味に尋ねて来るので、
「良いわよ。私、入口の側で待っているから」
と笑顔で送り出す。
放課後に行われるということで、終わればそのまま帰宅できる。
ただし、部活に入る予定のない生徒も強制参加。
30分間は体育館から出られない。
つまり、部活に入る気のない……。
いや正確にいうと入れない私にとっては、この部活紹介は晴美を待つだけの、退屈な時間でしかなかった。
暇つぶしに体育館の壁にすがりながら、何気なく中の様子を見つめる。
私が産まれ育った桂水市は山口県東部に位置し、瀬戸内海に面した市の南部には巨大な石油コンビナートがいくつもある。
そのおかげで桂水市も大いに発展し、人口も今や18万人と県内でも3番目に大きな市となっている。
そんな桂水市の中心部にある桂水高校。
各学年とも理数科1クラスと普通科7クラスがあり、3学年で計24クラス。
生徒数は全校で840人近くになり、県内でもかなり大きな学校だ。生徒数が多いと当然部活の数も多くなる。
現に、私の目に映るだけでも多くの部活があった。
バスケット部・バレー部・テニス部・サッカー部・硬式野球部・卓球部・吹奏楽部・茶道部・女子駅伝部(仮)……。
「えっ?」
思わず私は声を出してしまう。
女子駅伝部? この学校には陸上部はないはずだ。
いや、陸上部と駅伝部は違うのだろうか。
そもそもよく見ると駅伝部の後ろに『(仮)』と付いている。
私はその場に座りこんでしまう。
それと同時に、心の一番奥底にある感情が湧きあがってくるのを感じる。
その正体は確認するまでもなかった。
自分の中で必死に押し殺そうとしていた、走りたいと言う気持ち。
叶わないと分かっていてもあきらめきれない思いだ。
私は俯きながら深呼吸をして、理性でそれを押さえつける。
どうせ結果は分かっている。
父には逆らえない。思うだけ無駄だ。
そう何度も自分に言い聞かせる。
陸上部がなければあきらめもつくと思ったのに。
こんな形で一瞬でも心が揺らいでしまうなんて……。
もしかしてこれから3年間、ずっと駅伝部を恨めしそうに見ながら過ごさなければならないのだろうか。それは非常に寂しいことだ。
そんなことを考えていると視界が暗くなった。
一瞬、視界の暗さが自分がの気持ちの落ち込み具合を表しているような錯覚におちいる。
視線を上げると、目の前にボブヘアの女子生徒が立っていた。
胸に付けた校章の色で同じ1年生だとすぐに気付く。
「あなた、澤野聖香よね?」
その生徒にいきなり尋ねられ、私は反射的に頷く。
相手は私のことを知っているようだ。
だけど……。
「あたしのこと、誰だか分かってないのね……」
どうも私の気持ちは表情に出ていたらしい。
「まぁいいわ。湯川麻子。この名前、聞き覚えある?」
言われた瞬間、私は昨年の桂水市駅伝を思い出した。
桂水市駅伝の二週間前に行われた県中学駅伝で3位になった私達の中学校からすれば、桂水市駅伝で優勝するのは容易いことだった。
現に、6区間中5区間で区間賞を取り、大幅な大会新記録で優勝した。
唯一区間賞を取れなかったのが私だった。
その年は1500mを県中学ランキング1位のタイムで走り、県中学駅伝でも区間賞を取ったのに、桂水市駅伝では区間2位だったのだ。
決して私が油断していたわけではない。
私の記録ですら、従来の区間記録を7秒も更新していた。
相手が速かったのだ。
しかも、後から聞いた話によると、区間賞を取った子はバスケ部だという。
さらには、駅伝を体操服と体育用の運動靴で走っていたそうだ。
名前は湯川麻子。
そう、つまり今私の目の前にいる人物その人だ。
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