4区 動き出した運命の歯車

それから数時間後。


電気も点けずにベッドで横になっていると携帯が鳴る。

晴美からの電話だった。


一瞬出るのを躊躇してしまう。


駅伝部の前から逃げ出した後ろめたさと、駅伝部を見つけてしまった時にあふれ始めた自分の感情で心の整理がつかず、私は体育館を抜け出し、晴美を待つことなく1人で帰宅してしまったのだ。


「もしもし……」

「おっ、電話に出た。先に帰ってたから、なにかあったのかと思ったかな」


電話越しに晴美の明るい声が聞こえる。

正直、その明るさが今は少しだけきつかった。


「ううん。大丈夫。元気だよ」

その言い方があからさまに元気ではないことは自分でも分かっていた。


もちろん、晴美も一瞬でそれを見抜いてしまったようだ。


「それはウソかな」

その一言は、私を心配する晴美の優しさであふれていた。


だからこそ、私は今日あった出来事をすべて晴美に話した。


もちろん、自分の感情も出来る限り説明しながら。


「そっか……。聖香、やっぱり本当は走りたいんだね」

晴美の言葉はなんだかとっても柔らかく、静かに私を包み込んでくれる気がした。


その言葉が、私の乱れた心を少しだけ落ち着かせてくれる。


走れないならいっそのことと、陸上部のない高校を選んだ。

そうすればあきらめもつくと思っていた。


でも、あきらめきれない自分がいたのも事実だし、どんな運命のいたずらか陸上部の代わりに駅伝部なるものがあったのだ。


その事実が否が応でも私の心をかき乱しているのだ……。




部活紹介があった翌日の火曜日。教室の中は随分とざわついていた。


理由は各人が手に持ったり、机に広げているビラを見れば一目瞭然だ。

みんな昨日の部活紹介で色々な部活を回ったのだろう。

1人で五枚近くのビラを持っている子も決して珍しくなかった。


なかには、中学時代と同じ部活を高校でも続けると決めていた子も数名おり、迷うクラスの子を必死に自分の入部する部活へと勧誘していた。


部活紹介は強制参加となっており、さらには多くの生徒が楽しそうに体育館内を回っていれば、最初は入る気のなかった者も多少は雰囲気に流されたようで、ビラを一枚も持っていない生徒はなんと私だけだった。


入学3日目にして早くも疎外感を味わうとは……。


県内で一番駅伝の強い城華大附属高校への進学を諦めた時点で……、いやもっと正確にいうなら、父から高校での部活を禁止された時点で、私の高校生活は終わったのだ。


高校生活が始まる前から終了しているとは、なんとも滑稽だ。


さらには、私が大声で叫び、体育館から逃げ出したのを目撃したクラスメイトも数名いたようで、チラチラと私の方を見てはひそひそ話をしている。


同じ中学から進学して来たクラスメイトは私の事情を知っており、あえて私に部活の話題を振ってこないようにしていた。


だが……、今クラスで一番の話題は部活動だ。


そうなると結局、私抜きで会話をする方が盛り上がり、自然と私は孤立状態だった。


高校生活に希望はまったくなかったとはいえ、なんとも寂しい。


だが、翌日の水曜日にいたっては、さらなる寂しさを味わうことになる。


晴美が美術部に顔を出すというので、私は1人で帰ることになったのだ。


きっと今後もこういう日が増えていくのだと思うと少しだけ背筋が寒くなってくる。


だが、帰らないわけにもいかず、自分を奮い立たせるように気合いを入れる。


下駄箱から自転車置き場へと行き、自転車を押しながら校門へ向かう。途中で4人組の走っている生徒を見つけた。あの時の4人だ。4人しかいないということは、私が逃げ出した後は誰も入部しなかったのだろうか。


つまり、まだ正式な部ではないということか。

まぁ、私には関係のないことだ。


そう思いつつも、4人組を目で追っている自分がいた。


彼女達が向かったのは、自転車置き場の裏にあるグランドだった。そのグランドを見ると、なぜ桂水高校に陸上部がないのか首を傾げたくなる。なぜなら、下が土ながらも1周400m、8レーンまである立派なトラックがそこにはあるからだ。


学校紹介時の説明によると、市営の陸上競技場が出来る前は、ここで大きな陸上の試合もやっていたそうだ。


「いいな……。こんな所で毎日走れたら楽しいだろうな」

なにげなく口から出た言葉に自分でも驚く。


いったい私は今、何を思ったのだ。

ギュッと目を閉じ、必死でその思いを押し殺す。

その時間は果てしなく長くも感じる。


ふと我に返り時計を見ると時間はそんなに経ってはいなかった。


いけない。そろそろ帰らないと。そう思いながら歩みを進めようとした時、4人組の1人がこっちを見た。湯川麻子だ。不意に目が合い私は驚く。もしかして私がずっと見ていたことに気付いていたのだろうか。湯川麻子に何か言われるかと思った。

だが、彼女はそのままみんなと一緒にグランドの奥へと消えて行く。

私は思わず安堵のため息を漏らす。 


しかし翌日の昼休み、私は湯川麻子に呼び出された……。



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