2020・夏、素敵な贈り物が届きました!

「ポーストイット、ポーストイット、わーいわーい」


 ポストイットを顔に貼りながら歌っている中年の男。

こんなもので笑いそうになっている段階で、もう寝たほうがいいんだろう。そして、この動画の再生数を見る限り、寝たほうがいい人間はいっぱいいるようだ。ブラウザバックをして、SNSのタイムラインを見る。


「しばらく休みます」


「もう、やめます、さようなら」


「ウイルス以上に、人間に絶望しました」


「自分の家族にもそんな言葉使えるかどうか、もう少し考えてください。では、もう会うことはないでしょう」


 そんな言葉が増えてきたのはここ二週間のことだ。それまではみんなで頑張って外出を自粛しようとか、政府の方針への批判とか、家でできる簡単な運動法や学習サイトなどを語り合っていたが、長引くにつれ小さな諍いがどんどん増えてきて、ちょっとした買い物に出ている人にさえ「状況を考えろ」「通販サイト使いなさい」「自分は水と塩で一週間生きた」とか、仕事が無くなった人に「リスクヘッジを職場選びにおいて実行していないあなたにも責任がないとは言い切れない」「なくてもいい仕事なんだから、今はもっと大事なことがある。そっちに転職しろということ」とか、相手の落ち度を作り出すような言葉が舞うようになり、もともとの相互監視的な空気がさらに悪化して、自分もそれが嫌でSNSは一日に一度開くかどうかわからないようになっていた。

 ニュースのヘッドラインを読む。やはりこのニュースがトップだ。最初報道された時は「記者はそんな理由つけて家や事務所の前に集まるな、感染が広がる」「彼の死を乗り越えようという気持ちでみんながまとまってるのに、本当かどうかもわからないことでその腰を折らないでほしい」なんて言われていたが、彼が死んだことでやっと言えるようになったということなのだろう、多くの女性やその家族、友人によるおぞましい証言が集まってくるにつれて、今回のウイルスに感染して亡くなった大物歌手のセクハラは大きな騒動になった。マネージャーと事務所の社長が書類送検され、彼の地元は歌碑建立を中止し、AIと音声合成技術を使って彼の姿と歌声を蘇らせたいと言っていたIT事業家もそんなことは全く口にしなくなった。彼の息子が舞台ができないということで行っているライブ配信を一度見たが、正直色々と大変そうだ。

 まだ眠くない。おなかはすいた。そういえば昨日から始まった政府からの支給をまだ受けていないことに気づいた。調べればすぐにサイトは出てくる。「できるだけ誰もが受けられるように」とネットも普通のログインとパスワード認証で使える。望めばファックスや電話でも申し込めるらしい。

 登録が終了するとリストが出てきた。さきほど登録した年齢とか性別とか職業に基づいておすすめが選ばれているらしい。確かに自分の好みに近い人が上に来ている。その中から好きに選んでいいものなので、一番最初に出たものをそもまま選んだ。これがいい。そのあと映像と言語の選択があったので、これも最初にリストに出たものを選んだ。読み込まれる。明かりを消していた部屋に差し込む街灯が目に入る。


 「お疲れ様です、いつも大変ですよね。もう少しの辛抱です、頑張って」


 ペットボトルに移し替えたミネラルウォーターを飲み、一つ息をつく。目の前にはツインテールに紺色のブレザーを着たいわゆるアニメ絵少女のCGがこちらに微笑んでいる。私はそれを見ると「もう一度」のボタンを押し、次はリストの上の方にある女優を選ぶ。映像も本人のものにしよう。


 「お疲れー、私も大変だよ。でも、一緒に頑張ろうね」


 ミネラルウォーターをもう一口飲む。改めて見るとこの女優は本当にかわいい。二年前にドラマで主演したのを見た時以来だが、あの時もそう思った。ショートヘアーが大きめの眼に良く似合っている。そういえば今度再放送があるみたいだ。「再放送まとめちゃんねる」に書いてあった。


 みんなが外出制限のストレスで苦しみだしたころ、その苦しみを抑えるため政府が各芸能事務所・制作会社などと共に「みなさんへ最高のねぎらいをプレゼントする」というプロジェクトが始まった。有名な声優や俳優が録音に参加し、各界のアーティスト描いたイラストや3DCG、あるいは本人の実写を合わせて、自分にさっきのようなねぎらいの言葉をかけてくれるのだ。それにしてもおなかがすいた。とにかく芸能の世界は今回のことで大打撃で、小さいプロダクションはどんどん解散したり、大手の傘下になっていったので、こんな公共事業が降ってくるのはいわゆる渡りに船だったのだろう。過激なパフォーマンスが売りの女性アイドルグループが大手に移籍して和服をきっちり着こなして静かに歌っていたのには驚いた。

 実際に声を聞いてみると、不思議と心がすっとする。自分が好きだったアニメで主演をしていた女性声優の声で、その時演じていたキャラに近い姿で言ってもらえると、やはり嬉しいものだ。それにしてもおなかがすいた。他のボイスを確認する。やはり大人気の男性アイドルグループは噂通りいなかった。事務所の意向らしい。思ったよりも高齢の役者が多いが、確かに年寄りだって、むしろ年寄りだからこそこういう声かけが欲しいというのもあるだろう。子供向けキャラクターのCGがいっぱいあるのも当然だ。こういうことにはしっかり時間とお金をかけて作っているのだろう。

 おなかがすいた。ミネラルウォーターをまた飲む。静かな部屋と外に、二人のねぎらいの言葉がまだふわふわと浮かんでいた。おなかがすいた。結局食料の支給も現金給付もまだ決まってないらしい。そんなニュースを読みながら、久しぶりに筆箱を開ける。中から結局使わなかった100均の付箋を取り出し、一枚取り出して、口に押し当ててみる。紙の感触と味は最悪で、安心する。もう一枚を取り出す。PCのディスプレイに近づけて黄色であることを確認して、一枚顔に貼る。




ぽーすといっと、ぽーすといっと、わーいわーい





おなかすいた。

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