佐藤竜二とグエン・ヴァン・ロン
「はい。おでんですね」
グエン・ヴァン・ロンはすっと容器を手に取り、もう片方の手でおでん鍋のふたを開ける。その様子を少し確認して、佐藤竜二はおにぎりの品出しを続けることにした。新商品の、名前の長いケチャップ色のおにぎりを一瞬どこに置くか悩んだぐらいでいつものようにてきぱきと並べていく。どうせこの洋食屋とコラボしたとかいうオムライスおにぎりも2ヶ月もてばいいほうだろう。コンビニというのはとにかく新製品を出さなければいけないという決まりか呪いでもあるらしい。最後に手巻きの鮭マヨ海苔巻きを置いたところで、さっきのおでんの客のそれだと思われる自動ドアの開閉音が響いた。
「アリガトウゴザイマシタ」
気がつくと客はもう誰もいなくなっていて、店内には運転免許合宿の宣伝をする元アイドルの声が響いていた。冬休みに免許を取りたい学生向けのものであろう。
「ズイブン、ナレテキタネ」
佐藤の言葉に、ロンは笑顔を見せる。ロンはこの秋からこの店で働いている留学生だ。
「おでんの具を覚えるのは大変でしたよ。あとたばこの種類」
「ソウダヨナ、ベトナムニオデンナンテナイモンナ」
「鍋料理は結構あるんですけどね」
「ソウナンダ」
たまにこの時間に混むこともあるが、今日はそうではないようだ。これなら、ロンにむやみに残ってもらう必要もないだろう。おでんと、その前の客のたばこをうまくやれたことで安心したのか、ロンはレジの前であくびをしながら目をこすっている。
「ダイガク、タイヘンナンダロウ。アレナラスコシハヤクアガッテイイヨ」
「ありがとうございます。今日の授業は眠くて」
「ケンチクヲマナンデルンダッケ」
「そうです、でも今日は建築じゃなくて、美術の講義でした」
「ヘエ」
「神殿の美しさ、みたいな講義でした」
その言葉を聞きながら、佐藤は外へ出ておにぎりの入っていたコンテナを資材置き場へ重ねると、もう何百度も見たであろう店の外の風景を見る。幹線道路から外れた住宅街の中にポツンと立っているこのコンビニは真夜中になると本当に暗い。街頭と家の明かりが少し見える程度で、遠くから聞こえる車の音が、まして静かさを強調していた。隣にある高齢者向けデイサービスもとっくに閉まっていて、非常口の案内だけがぼやっと光っているのが不気味でさえあった。
「ココモ、シンデンミタイナモノカモシレナイナ」
佐藤がそう言いながら店へと戻る。ロンはレジの前で伸びをしていた。店内放送は元アイドルからテレビでも流れるCMの曲へと変わっていた。
「どういうことですか」
「イヤ、ナントナクダケドサ」
「ふーん、でも、なんとなく、わかりますよ。お客さんがポツポツ来る感じとか」
「アー、チョットザンゲトカニニテルカモナ」
「それじゃ、どっちかというと教会かお寺ですね」
「アア、ソウカ」
「それじゃ、あがりますね」
「オオ、オツカレサン」
ロンはエプロンを脱ぎながら店の裏へ入っていく。店内は佐藤一人となり、とりあえずさっきのロンと同じように伸びをしてみた。きっとこのあとロンはコートを着てから出てきて、いつものようにお茶と明日の朝食べるというパンを何か買って帰るのだろう。自分にもあんな頃があったな、と、そんなことを考えている佐藤に、午前0時の時報が聞こえてきた。夜は、まだ長い。
えっ?日本人の台詞はひらがな漢字で、外国人の台詞はカタカナにするって決まりあるんですか?
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