朝陽さす教室で

「では、投票の前に、コウダイくんとユメカちゃんには、もう一回、あいさつをしてもらいます。まずは、コウダイくんからね」

「はい、僕は、ここまでいっしょうけんめいがんばりました。だから僕がいいと思います」

「えっと、私は、今まで、あまり、うまくできなかったから、こんなのはもういやなので、次はいっぱいがんばりたいと思います」


 教室に、オーバーオールがよく似合う小太りで人気者のコウダイの大きな声と、薄いピンクのワンピース姿で、少し縮こまって立っているユメカの小さな声が順番に響いた。


「はい、それでは皆さん、クラスの代表になってもらいたい人の名前を書いて、先生に渡してください」


 生徒たちはざわざわしながら、列の先頭から順番に回ってくる紙に向かって、生徒によっては即座に、また別の児童はじっくり悩みながらそこに名前を書いていった。今日は朝礼のあと、一時間目の授業の時間を使って投票を行っている。クラス代表を決めるというのは、学校にとって最も重要な義務の一つなのだ。朝陽の眩しさに目をこすったりする生徒もいる中、その様子をコウダイとユメカの二人は、緊張と、結果への恐怖を覚えながら見ていた。

 投票が終わり、回収した投票用紙を担任が読み上げながら、学級委員のカナデが正の字を黒板に書いて投票数を記していく。最初は三票ずつで並び、教室も驚きの声に包まれたが、十秒もしないうちに、右側にばかり書かれていく五角の漢字を見て、ユメカは下を向き、コウダイは、こういうところは意外と心遣いができる子なのであろう、顔をにやけさせつつも喜びの声はあげないようにしていた。やがて、全部の紙を読み終えた後、教師は、これもきっとユメカに気を遣ったのであろう、抑え目の声を出した。


「はい、それじゃあクラスの代表はコウダイくんになりました。それでは、みんな、コウダイくんとはお別れになりますね。ごあいさつしましょう」


教室は急にしん、とした。クラスの代表になるということは、お別れということなのだ。みんなが一瞬どんな言葉をかけていいか悩むなか、始めに声をあげたのは、意外にもユメカであった。


「コ、コウダイくんは、とても元気なので、来世ではもっと元気でいてください」


 ほんの少し残る声の震えと潤ませた目を必死に隠しながら、さきほどの挨拶よりも必死に声を張りコウダイにエールを送るユメカの姿に教師は彼女の成長を感じ目を細め、これならもう大丈夫だろうと初めて笑顔でコウダイを讃えた。それに続くようにクラスメイトも「いいなー」「来世ではきっともっといい人生になるね」「お父さんとお母さんもうれしいと思います」などと続いていった。


「さ、じゃあ、コウダイくん、挨拶して」


教師に促されコウダイは教壇の前に立ち、一度お辞儀してから笑顔を見せた。


「クラスの代表としていけにえになれて嬉しいです。いけにえになったら、来世ではもっといい家に生まれて、今よりもっと幸せになれると聞いていたし、お父さんが前世でいけにえになったので自分はこんなに幸せだから、寂しくなるけどコウダイもいけにえになるといいと言っていたので、お父さんもお母さんも喜んでくれると思います。いけにえセンターに行くのは来週の月曜日になるので、それまでみんななかよくしてください」


 その言葉に教室にいる誰もが、そして教室の外からも拍手が鳴り響いた。おそらくは清掃職員か教頭先生あたりが聞いていたのだろう。ユメカもコウダイの笑顔にひきずられるかのように笑っていた。教室に居るだれもがいい表情をしていた。教室の後ろには、5人の写真と、彼らがいけにえになる前に書いた最後の作文が画鋲で貼られている。5枚のカラー写真は、いまクラスメイトがそうであるのと同じようにどれもいい笑顔で、彼らの未来を暗示しているようであった。コウダイもこれから作文を書き、その愛嬌のある破顔一笑をこの教室に遺していくのだろう。生徒の皆が思い思いの声をあげているなか、教師はふとその光景を見つめ、彼ら5人との思い出、そして来世での幸福を思い、コウダイくんがいなくなると教室は少し静かになるだろうななどと思いを巡らせ、一筋の涙を流した。すぐにそれを悟られないようにすっと目をぬぐうと、今いる生徒たちの方を一度向き、そして左手にずっと持っていた教師用の資料を確認しながら口を開いた。


「はい、今回はコウダイくんがクラスの代表としていけにえになることになりました。いけにえになると来世でしあわせな人生が送れるということはみんな知っていますね。校長先生も前世でいけにえになったから今のような立派な校長先生になったのです。皆さんのおうちにも、みなさんが生まれた時に前世鑑定士の方がみなさんの前世を調べてくれています。今日帰ったら、お父さんやお母さんに聞いてみましょう。次のクラス代表は、さ来月になりますから、ちゃんと前世を調べて、クラス代表になりたいかどうか考えてみてくださいね。あと、いけにえになると、ご家族にもいいことがありますから、それも考えておいてくださいね」


「俺、前世が特にパッとしなかったんだようなあ、次代表になろうかな」

「ユメカちゃんって、前世で犯罪してたんだっけか。じゃあいけにえになりたいよね」

「うん」

「次は今年最後だから、確か3人いけにえになれるはずだよ」


「コウイチくんよく覚えてますね、そう、次は3人代表になることができます。じゃあ、今から2時間目の授業まで、10分ほど休みましょう。次の授業は体育だから、ちゃんど運動着に着替えておいてね」


「はい」

「はーい」

「今日はドッジボールがいいなぁ」

「最近雨でマット運動ばかりだものね」

「コウダイ、ドッジ強いし、ドッジやりたいよ」


教師はその言葉に小さくうなづいた。


「そうね、じゃあ、今日はみんなでドッジボールしましょう」


「やったー!」


朝日はまだ教室へ差し込んでいた。その光は彼らの笑顔を反射し、まるで彼らの将来や来世を照らしているかのようであった。担任が去った教室には、生徒たちの賑やかな会話だけが続いた。


「コウダイくんおめでとう」

「ありがとう、来世でも頑張るよ」

「次はユメカちゃんだね」

「そうなるといいけど。カナデさんはどうするの」

「私は、前世でいけにえになったみたいだから、今幸せだし、いいかな」

「俺、いいこと全然ないし、次代表になろうかなー」

「僕、去年姉貴がいけにえになったんだよね、さすがに親がさびしい気がするし、とりあえずまだやめとく」

「うち、さ来週おばあちゃん」

「あ、そうなんだ、じゃあ学校休むの」

「うん、最期だし、おばあちゃんの実家で過ごすんだ」

「今度の社会見学、いけにえセンター行きたくない?」

「ああ、でも、あれ、見れないらしいよ。パパが公務員だから、言ってたけど、なんか許可がないと入れないって」

「へー、あ、そろそろ着替えないと」

「そうだな、おい、コウダイ、今日はやっつけてやるからな!」

「俺に勝ったことねーじゃん、今日も俺が勝つから」

「あ、俺先にトイレ行って水飲んでこよ」

「あ、じゃあ俺もいくわ」

「俺も」

「俺も」

「そんなついてこなくていいよ」

「せっかくだしさ、いなくなる前に連れションしとこうぜ」

「何だよそれ」

「ハハハ」

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