僕の背中には

 今、目を瞑ったままの僕に、巨大な炎の塊が数十万km先から落ちてくる映像が見える。ヘルメットについた無線を介して、人工衛星のカメラで撮られた映像が脳へと遅延なく送られてくるのだ。僕は意識を背中へ向ける。僕の脳裏に映る映像は基地へと移り、かつて僕の教官であった司令官と、出向中に僕をスカウトし、今では高級官僚となった男の姿が見える。

「この巨大ロボットであの炎の塊となって落ちてくる怪獣を倒し、世界を救え」

それが彼らから送られた命令だ。


 目を閉じていると、生まれてから、このロボ(あかつきとかいう上司がつけた名前では呼びたくない)のパイロットになるまでが思い出される。

 


 

 物心ついたころには父親がいなかったこと。

 昼も夜も働いていた母親が体を壊し、役所に助けを求めた時に「女なんだから女の働き口があるだろ」と言われ、その意味もわからないまま、泣きながら帰る母をじっと見ていたこと。

 その母が理由も告げずいなくなったこと。

 ついに父親がいない理由は聞けなかったこと。

 数日後、パンを食べている僕を二人の大人が迎えに来たこと。

 もうパンがなかった僕は、ついていくしかなかったこと。

 連れて行かれた施設で強制的に戦闘の訓練をさせられたこと。

 最初の訓練の日、いきなり手に銃弾を打ち込まれて「痛みを覚えろ、これで仲間だ」と言われたこと。

 教官に何度となく殴られたこと。

 ちょっとしたことですぐに食事も与えられず独居房に監禁されたこと。

 仲間も僕も性別問わず、夜教官に呼ばれたこと。

 背中越しに、僕の体に汚いものを入れてくる教官の息遣いを聞いていたこと。

 ある教官が、僕の背中に火のついたライターをあててつけた傷が、今も残っていること。

 生きるためには何も断れなかったこと。

 訓練で仲間が足を滑らせた時、仲間が脱走しようとした時、教官がむしゃくしゃしてた時、次の日には施設に併設された火葬場の煙が上がっていて、みんなでそれを見上げていたこと。

 

 残ったのは3人だった。その中で一番脳波や精神状態がロボの機能に適応するという僕がパイロットになった。あとの二人は軍の特殊部隊に入った。そのあとどうなったかは知らない。

  

 確かにこのロボと僕は相性がいい。

このロボの認知システムは非常に高性能で、結果僕はこのロボに乗っている時、人間の心まで読むことが出来るようになった。マニュアルにも書いていなかったから、多分そこまでできるとは誰も思っていないだろう。このシステムの受注であの司令官や官僚がいくら企業からもらったかも伝わってくるし、今背中にいる司令官が、あの時ライターをつきたてた男だというのもわかっている。あの炎の塊が地球に落ちてきた時のシミュレーションも完璧だ。衝撃、熱、爆風、気候の急変、地球を滅ぼすには十分だ。終わったあといつもの高級クラブで飲み明かすことしか考えていない司令官が「早くしろ」と言っている。

 少しずつ地球に近づいてきているのを感じる。世界中がテレビやネットやラジオで僕と火球の様子を見守っているだろう。


 僕の口元が緩んだ。

 

 ほっとけばいい。

 それでこのクソみたいな世界は終わる。

 僕や母や仲間を一瞬も助けてくれなかったこの世界。

 これ以上続けるべきじゃない。

 

 その前に、欲しいものが一つある。僕がイメージすると脳波を読み取ってロボは体を反転させる。

 「おい、どうした」

 僕のイメージどおりにロボは基地へキャノン砲を向ける。あいつらは僕や母や仲間のことを価値のない人形かなんかだと思っているのかもしれない。だから、人形が逆らうなんて夢にも思っていなかったのだろう。

 「やめろ、やめろ」

 僕の思いを汲んでくれたかのようにロボの認知システムが司令官と官僚の泣き喚く表情をどんどん脳へと送ってくる。この世界全体が驚きと恐怖に包まれているのもうっすら感じることができた。僕は思わず口元を緩ませた。司令官が「まさか」という顔をしているのもお笑いだ。

 冥土のみやげに、あいつらを葬った感触を。

 僕は全てわかっている。全てこのロボのおかげだ。役所が母を助けなかったのも、僕を孤児にしてあの地獄へ入れるためだってことも。母は、もう死んだってことも。きっと僕がこのロボに乗ることもわかってたはずだ。僕に、脳派があうよう、親族のデータで調整をしていたんだろう。

 ね、そうだよね、父さん。

 母さんが父さんから逃げた理由も、もうわかってる。今思えば、母さんの体にも、火傷とか痣とかあったものね。きっと、僕も傷つけようとしたんだね。

 この世界を無に返す熱、僕の最期の希望を背中に感じていた。一つ息をついて、自分があの仲間を殺しまくった悪魔の血をひいていることを知った時の、あの絶望と恐怖、そして申し訳なさを脳内から振り落としつつ、完璧な照準でキャノン砲の引き金を引くイメージを浮かべた。

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