第14話
千歳が叫ぶと足もとの霧の中から立ち上がった。
「何すんのよ!」
「そこにいたのか」
「いたよ!」
「よかった。探してたんだ」
「あ、千歳さん、見つかってよかった」鐘馬が笑顔で霧の中から話しかけてきた。
「鐘馬」
「霧が深すぎて何も見えなかったんだ。悪かったよ」効太郎があやまる。
「この霧なんなのよ」
「さっきの運転手のしわざだろ」
「煉獄一族だったんですか」鐘馬が千歳に聞く。
「いや、あいつ人間じゃなかった」
「そうなのか」
「うん。話に聞いたことがる。あいつも守り神ね」
「秘湯の? ですか」
「そう、温泉亀よ」
「温泉亀?」効太郎が聞き返す。
「『赤の湯』の守り神よ」
「ってことは」
「あたしたちは『赤の湯』の近くまで来てたってことよ」
「でも私たちは山里まで降りてきたんですよね。里の近くに秘湯があるんですか」
「なるほど。そりゃ盲点だったな」
「違うよ」千歳が言下に否定した。「あたしたちは里になんか降りてきてないよ。どうもおかしいと思ったんだ。秘境のまん中から簡単に山里に降りてこられるわけがなかったんだよ」
「どういうことですか」
「見てよこの霧。幻覚だよ幻覚。全部幻覚だったんだよ」
「ってことは、あの道路もバスも」
「ガードレールも何もかも本当は何もなかったんだ。やっぱりまだここは秘境の中だったんだきっと」
「柿成村の話も全部ウソだったんでしょうか」
「何それ?」バスでほとんど寝ていた千歳が変な顔をする。
「いや、それは嘘やないのんじゃ」
霧の中のどこからか声が聞こえてきた。
三人はまたしてもキョロキョロしたが、何しろ視界がきかないので相手の姿が見えない。声はまるで天上の世界から聞こえてくるかのごとく思われた。
「柿成村じゃ数年前までミス大根のコンテストをやってたのじゃ」
「ひょっとしてあなたは秘湯の守り神?」効太郎が聞く。
「そうじゃ。いかにもわしは『赤の湯』の守り神じゃ。霧と幻覚で人を秘湯に近づけさせんようにしとるのじゃ」
「守り神が人間のミス大根と結婚してもいいんですか? しかも浮気したっていってましたよね」鐘馬が聞く。
「守り神かて人間の女は好きじゃがな。それの何が悪いんじゃ。そないなことはどうでもええのんじゃ。おまえたちは早々にこの場所から立ち去るがよいのじゃ」
「立ち去るのはいいんですが、これじゃ霧が深くてどう行っていいかわかりませんよ」
「そうだ、その通りだよ」効太郎が同調する。「あちこちさまよってるうちにあんたの守ってる秘湯に偶然辿り着いてしまうかもしれないよ」
「何じゃとて。そら困るのじゃ」聞こえてくる声に焦りの色が混じる。
「別にいいじゃないのお湯に入るくらい」千歳が口を出す。「減るもんじゃなし。なんでそんなにケチケチしなきゃいけないのよ。これ根本的な疑問」
「おい、よういうたの。あんたの持ってる鞄に入っとるもん、そらなんじゃ」
「えっ、これは……」思わずデイパックを庇うようにする。
「わしにはわかっとるぞ。鞄の中に入っとんのは温泉玉じゃろ。『青の湯』の。ほんま人間は油断もスキもあらへん。やからわしら守り神は人を近づけんように秘湯を守っとるのんじゃ」
「持ち出したのは悪かったと思ってるよ。でもこれはあとでちゃんと返すつもりなんだよ。ちょっと事情があってしばらくこっちで預かりたいんだ」
「それを盗むっていうんじゃ」
「違う違う、盗まないって。ちゃんと返すから」
「人間のいうことは信用でけんの」
「……でも、あなただってミス大根を裏切って浮気したんじゃなかったのですか?」鐘馬が温泉亀にたずねた。「人間の奥さんにしてみればあなたに裏切られた思いですよね。おたがいさまと思いますけど。守り神なのにミス南瓜と浮気したんですよね。人間の奥さんに謝ったのですか」
「うっ」守り神は絶句した。
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