第13話


「あらへんあらへん、そんなコンテストなんか。冗談じゃ冗談。ヒヒヒヒ。本気にすんなって。わしが勝手に頭の中で考えただけじゃ」

「なあんだ。そうでしょうねえ」

 そんなくだらない会話を鐘馬と運転手が延々と続けているあいだに、あたりには霧が立ちこめてきて、外の様子がまったくわからなくなっていた。

「効太郎さん、ずいぶん深い霧が出てきましたね。……効太郎、さん?」

 鐘馬が効太郎を見ると、彼もいつのまにか千歳と同じようにグースカ眠っているのだった。

「疲れているんですね……」

「ところであんたら」運転手のアナウンスがほかに誰も乗客のいない車内に響く。「ほんとにどこから来たんじゃ。なんの理由があって、あんなところに立っとったんじゃ」

「私たちは……」いいかけて、鐘馬はふと口をつぐんだ。

 運転手のうしろ姿から変な瘴気のようなものが立ちのぼっている。

 バスの外は霧に覆われ、もはやどこを走っているのかわからない。

「効太郎さん、千歳さん。どうやら起きたほうがいいかもしれませんよ」鐘馬は運転手から目を離さずにふたりに声をかけた。

「危害は加えん……。ただこの地からおとなしく立ち去ってもらうだけじゃ」

 不意に運転手の声のトーンが変わった。

「あなたは……誰ですか」

「あんたらこそ誰じゃ。ふつうの人間があんなとこにいる理由はあらへんぞ」

 急にガタガタとバスが揺れ出した。まるで岩だらけの道を無理やり突っ切ろうとでもするように。

「な、な、な、何何何?」

 驚いた千歳が飛び起きた。

「うーん、騒がしいな」

 効太郎がまだ眠そうに目をこすっている。

「わ、私たちをどうするつもりですか」

 振動がひどいので声が震える。

「さあ、どうしようかのぉ。ちょっとは痛い目におうてもろて二度とこの地に足を踏み入れる気を起こさんようにしてもらおかのぉ」

 しばらく状況がよくわからないといった感じに眉をひそめていた千歳だったが、どうやらバスの運転手がただ者ではないということだけは最低限理解したようで、

「誰? おまえ誰?」と運転席に向かって問いかけた。

「さあ、誰じゃろのぉ」

「煉獄一族だな!」

「……」運転手は何も答えない。

「バスを停めろ!」千歳はよろよろ立ち上がり、背もたれを次々に掴み変えながら運転席まで近づいていこうとする。

「千歳さん、危ないですよ!」

 いっぽう効太郎は、いったん席から立ち上がろうとしたものの、顔をしかめるとまたしてもその座席に腰を沈めてしまった。

「イテテテテ、足がしびれた」太股をさすり出した。

「バスを停めろ!」千歳が怒鳴る。

「あっ、何をするのんじゃ」

 千歳と運転手が運転席で揉み合い出した。運転手は必死になってハンドルを取り回し、バスは大きく蛇行した。千歳はバランスを失ってうしろに飛ばされる。

「!」

 その時、千歳は見た。運転手の帽子の下の顔が、白くて長い顎髭を生やしたゾウガメの顔をしているのを。

「ダメじゃあっ!」

 運転手の叫びとともにバスは何かに激突した。そうしてグラリと車体が傾くと、天地が逆さまになり、全員の意識が真っ白になった。


      ×     ×     ×


「……ここは天国ですか」

「ひょっとして、地獄かな」

「あんまり天国っぽくありませんね」

 目覚めた効太郎と鐘馬は、まだ地面に大の字に寝転がった状態のまま周囲をキョロキョロと見回していた。

 相変わらず霧が深くて何も見えない。夢幻の世界にでも放り出されたかのようだ。

「千歳はどこだ」

「いませんね」

 ふたりは同時に立ち上がると、体をゆっくり回転させるようにしながら改めてあたりを見やる。

 効太郎がムギュッと何かを踏みつけた。

「イテーッ!」

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