第12話
しゃがみ込みかけていた三人は、緊張感を取り戻すかのようにふたたび背筋を伸ばすと全員が道のまん中に立ち、バスの近づいてくるのを待った。
ローカルな古いボンネットバスの形状がはっきりしてくると、三人は両手を大きく振った。
「すいませーん、すいませーん、停まってーっ」
スピードがのろいので、危険が生じることもなく、バスがゆっくり停車すると、千歳は昇降口に回っていっさい遠慮することなしにドンドン叩いた。
「乗せてください、乗せて」
エアの抜ける音がし、扉がパタンと開いたので、千歳に続いて効太郎と鐘馬もバスに乗り込んだ。
× × ×
「助かった」千歳は安堵のため息を漏らすと、一番うしろの座席にドスンと腰を落とした。
「ガラガラですね」鐘馬が車内を見回す。
「あのう、乗せてもらってありがとうございました」効太郎は三人に背を向けてハンドルを握っている運転手のうしろ姿に声をかけた。
「いやいや、困ってる時はお互いさまじゃ」
運転手がアナウンスで答えてきた。
「いい人でよかった」効太郎はホッとした顔になる。
乗客はほかに誰ひとりいない。車掌もいない。通路の床が木の板でできている。
「風情のあるバスだな」
「えー、次は終点柿成村。終点柿成村でございます」
アナウンスがそう告げた。
「……柿成村か。おい千歳、僕たちは今どのあたりにいることになるんだ」
効太郎が横を見ると、千歳は口をだらしなく開けてもう眠っていた。速攻の寝落ちだった。
「いっぺんに緊張がゆるんだみたいですね」横顔を見つめながら鐘馬がほほえんだ。
「無理もないよ。ひとりで気を張ってたからな」
「お客さんたち、どこへ行きなさるおつもりじゃ」
運転手がマイクを通じて聞いてきた。
「あ、そうですね、近くに泊まれるようなところはありませんか」鐘馬が運転席まで届くように大きな声でいった。
「それと、食事ができるところ」効太郎がかぶせる。
「じゃ、次で降りなされ。なんなとあるじゃろ」
「次っていうと、終点の柿成村だね」
「そうじゃ」
「柿成村って、柿がたくさん取れそうな名前ですね」鐘馬が聞くと、
「いや、梨のほうがよく取れるのじゃ」と声が返ってきた。
「……そうですか。村まであとどのくらいですか」
「あと大根もよく取れるの、一時間くらいかの」
「一時間? マジか。これ観光バス?」
「路線バスじゃ」
「都会じゃ信じられないな」
「確かに信じられませんね」
「じゃあ向こうに着くのはかなり夜も更けてからになりそうですね。今何時ですか」
しかし運転手は鐘馬の質問を無視し、
「大根っちゅうたら、ミス大根っちゅうのが、村おこしの一環か何かで何年か続けて選ばれとったんじゃけど、いつのまにかなくなってたの」
「……はあ。ミス大根ですか」
「わしの嫁さんも元は柿成村のミス大根だったのじゃ」
「……そうですか」
話がズレてきた。
「柿成村のミス大根と結婚すんのが当時の男たちのステイタスじゃったなあ」
「それはよかったですね……」
「何が」運転手が聞き返す。
「いや、ミス大根の女の人と結婚できて」
「そんなことあらへんが」
「そんなことないんですか」
「結局別れたからの」
「……そうですか」
「いい女じゃったけどの」
「じゃ、どうして別れたんですか」
「えっ、それ聞くのんか?」
「あ、すいません」
「浮気じゃよ、わしの。ミス南瓜と浮気したんじゃ」
「そんなミスもあったんですか」
「ミスったのじゃ。ミス南瓜なんてブサイクコンテストじゃったからの」
「そんなコンテストがあったんですか。趣味悪いですね」
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