第11話
そろそろ視界のきかなくなってきた寂しい舗装道路に今、効太郎たちは立っている。
「ここでじっとしててもしかたないから、とりあえず歩かない?」千歳が提案する。
道路まで上がって来たのはいいが、今度は車がちっとも通りがからなくなった。道はゆるやかな弧を山の側面に沿って描いており、見通しもあまりよくない。片側の山の斜面から木々の枝が道路にしなだり出ているので、大型車でも通るとそのつど枝を激しくボキボキと折っていきそうだ。
「どっちに向かって歩くんですか」鐘馬が聞く。
「この際どっちでも同じでしょ」
「さっきは車が何台か行きすぎたと思ったんですけどねえ」
「人気がないのはここが腐っても秘境の入り口ってことなんだろう」
「こんな舗装道路に近くて何が秘境の入口なもんかよ」千歳が悪態をつきつつ歩き出した。
ふたりの男はそれに続いた。
「……それにしても、腹へったなあ」効太郎が自分の腹に手をやる。
「へりましたねえ」
「落としたリュックの中のおにぎり、秘境の中でほったらかしにされて今ごろは寂しがってるだろうなあ」
「かもしれませんねぇ」
「……んなわけあるかよバカ」先を行く千歳が吐き捨てる。
「ところで」鐘馬が話題を変えて千歳に聞いた。「秘湯の地図はいったい誰が書いたのですか」
「だからいったでしょ。効太郎のお父さんだって」
「聞いたっけ。まあいいや」一緒に聞いていた効太郎がいった。
「煉獄一族との争いを拒否してこの地上に出てきたあんたのお父さん、御影山瞬太郎はここの秘境の中でさまよっているうち驚異的な温泉鼻をきかせて七つの秘湯を発見したのよ。さすが温泉族の王だけのことはあるわね。バカ息子との誰かさんとは大違い」
「口が悪いね……」効太郎が苦笑する。
「そうして記録をとどめておくために門外不出の地図をしたためたってあたしは聞いてるけど。まさかそれがじっさいに役立つ時がくるなんて予想もしなかったみたい」
「それで、僕の父は勇者になったの? 七つの秘湯につかって」
「その必要性を感じなかったみたいね。地底と違ってとりあえず地上は……少なくとも日本は平和だったから」千歳が答える。「秘湯の守り神たちのおかげでお父さん以外にはそれこそ登山者や修験者や落武者なんかに誰ひとりその存在を知られることもなく、今までずっと秘密が守られ続けてきたんだよ。地上の誰かが七つの湯に入って勇者になりでもしたら歴史は大きく変わっていたはずだしね」
「……それにしても、腹へったな」効太郎はもう耐えられないといった様子で、背中を曲げて両手をぶらり下げながら歩き出した。
「へりましたね」
「足も棒のようだな」
「棒ですね」
「棒棒」
「……情けないわね」振り返った千歳の表情は、哀れみに満ちている。「これが誇りある湯浴一族の王子なの? お父さんが泣いてるよ。こっちまで力が抜けてくる。地上は今危機に瀕してるっていうのに」
「お山にいるかぎりはぜんぜんそんな感じがしないけどなあ」
「あたりまえだろ。いってみりゃあたしたちは今、人里離れた人外魔境にいるんだから」
「あるもんなんですねえ、日本にもまだまだ秘境と呼ばれるところが」
「ほんと秘境だよ、秘境秘境」
「まさに秘境って言葉がピッタリでしたね」
「ああ秘境秘境」
「……」
千歳は真剣に話をした自分が急にバカみたいに思えてきたのか、空腹だということも伴ってこれ以上怒ることもせずにすっかり口をつぐんでしまった。
「だいたい、いきなり王族の末裔だっていわれても困るよ」千歳の背後で効太郎がグチる。「ただの温泉宿の息子なんだろ、僕は」
「私は湯浴温泉旅館の番頭の息子」鐘馬が続ける。
「あたしだって湯浴温泉の仲居の娘よ」振り返った千歳はいった。「何も知らずに地上人としてのんきに生きていけた時代は終わったんだよ」
それからあとも三人はトボトボ寂しい舗装道路を歩き続けたが、依然として通りがかる車は一台もなかった。あたりはもう真っ暗だ。
思わず男ふたりがその場に座り込みそうになった時、ようやくヘッドライトの明かりが三人を照らした。
向こうから車がやって来たのだ。
「あれは……」
「バスみたいですね」
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