第10話


抜け出たところは崖の途中だった。

 崖のまんなかに穴が空いていて、そこが洞窟の出口だったのだ。

 川岸の排水口から飛び出るような感じに近い。三人は一瞬だけ宙に浮いたかと思うと、眼下を流れる渓谷の急流に落下していきドブンと飲み込まれた。そのまま川の流れに乗ってものすごい勢いで流されていった。

 そうして我にかえった時には、川の下流にある砂利の河原に三人ともがぐったり倒れていた。

「うーん……」

 一番最初に意識を取り戻したのは千歳だった。

 目を開いた千歳は、うつぶせになった状態でしばらく考えごとでもするかのようにじっと動かずにいたが、ようやくすべての意識が現実の元に帰ってくるとパッと体を起こし、自分のかたわらに倒れている効太郎と鐘馬を見やった。

「ねえ、起きて。起きて」

 千歳は鐘馬の体を揺さぶり、次に周囲をキョロキョロと見回した。

 見上げるとコンクリート塀があり、その上をガードレールが走っていた。今、数台の車が崖を切り通した道路を過ぎ去っていくのがわかった。

 さっきまでずっと人跡未踏の秘境にいたのに、一気に人里まで降りてきたようだ。河原には花火をやったあとのような燃えかすのあとさえ残っている。

「……」

 これまでずっと苦労しながら一週間近くも秘境をさまよってきた努力はなんだったんだろうと思わせずにはいられない周辺の風景だった。秘境と山里がこんなにも簡単に行き来できるものだったというのは興ざめな話だった。いくら洞窟の斜面と急流によってものすごいスピードで降下してきたとはいえ、こんなに簡単に人間の生活圏まで戻ってこられるものだろうか。

「ここは……どこだ」

 効太郎が気がついた。

「あ、助かったんですか私たち……」

 続いて鐘馬が上体を起こした。

 千歳はため息をついた。

「……目をさますのもピッタリ一緒ね」

 ほんとに仲のいいふたりだ。

「どうやらどこかの村まで降りてきたみたいだね」立ち上がった千歳は、改めて周囲を見回した。

「村……」効太郎がつぶやく。

「あそこに道路が走ってますね」鐘馬が聞く。

 ふたりの男もゆっくり立ち上がると、周囲を見回した。

「あたしたちが最初に来た村ではないようね。それはそうと、あんたたちまだ記憶は戻らないの?」

「記憶? ああ、ダメだ、ぜんぜんダメ。鐘馬はどう?」効太郎が聞くと鐘馬は悲しげに首を振り、

「ダメですね」

「ダメか……」

「ダメです」

「ダメか……」

「今のショックで戻るかと思ったけどね。……とにかく日も暮れてきたし、くやしいけど今日はもうダメね」

「ダメですね」

「秘湯探しはね」

「ダメですね、秘湯探しも」

「村のどこかで一泊して明日からまた仕切り直しかな」

「そうだな。何しろ食べ物がないからね。調達しないと」効太郎が同意した。

「そのあいだに敵どもが地図を見つけなきゃいいんだけど……」千歳が不安を口にしたその時、「誰だっ」不意に効太郎が足もとの丸い小石を拾ったかと思うと、川に向かって投げた。

バシャンと水のはじける音がしたが、それは小石よりはるかに大きなものがはねた音だった。あきらかに人間が水に飛び込んだ音だった。三人はじっと川の流れを見つめていたが、川の流れからはもう不穏な気配がすっかり消え去っていた。

「……また?」千歳が眉をひそめる。

「まだつけられているんですか」

「そうみたい」効太郎が答えた。

「ここまでつけてくるなんてよっぽどですね。一緒に洞窟の急流を滑り落ちてきたってことですからね」鐘馬が感心したようにいった。

「魚がハネたんじゃないの」千歳が聞く。

「だとしたら相当大きな魚だよ。こんな下流にそんなのがいるなんて考えにくいけどな」

「どこまでつけてくるつもりなんでしょうね。私たちはすっかりふりだしに戻ったっていうのに」

「……まあ、あたしたちはあたしたちの進むべき道を進むだけよ」

 穏やかな川の流れを見つめながら千歳がつぶやいた。

「……それはそうと、あっというまに薄暗くなってきたよ」効太郎が空を見上げていった。 心なしか川のせせらぎが急に寂しさを際立たせるかのように響いてきた。虫の声もする。風が少し出て木の葉がざわめく。

「道路のところまで上がっていって、通りがかった車にでも乗せてもらいましょうか」高いコンクリート塀を見上げながら鐘馬が提案した。

「そうね」

 三人の顔には明らかな疲労の色が見えた。


      ×     ×     × 


「人家のあるところからは結構遠そうだなあ」

「遠そうですね」

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