第4話
「青の湯の守り神って、あれのことかな?」効太郎が空を指さす。
「どうやらそんな感じですね。空からこのあたりを見回っていたようですね」鐘馬も頭上を見上げながらいった。
「空は盲点だったなあ」
「盲点でしたね」
「千歳のやつ、連れて行かれちゃったよ」
「連れて行かれちゃいましたね」
ちょうど大空高く飛翔している怪鳥に全裸の千歳がぶら下がる格好になっている。あまりに高く飛んでいるので彼女の体のディティールが判別できない。悲鳴も届いてこない。
「ちょうど温泉玉を持ってたところを襲われたようだな、あいつ」
「それまでずっと私が持ってたのに、千歳さんも運が悪いですね」
千歳のいた場所には、彼女が体に巻いていたバスタオルが所在なげにプカプカ浮いている。
「しかも裸だよ、あいつ」
「裸のまま連れていかれちゃいましたね」
「ここからじゃはっきり見えないな」
「どうします?」
「でも、どうしようもないよなあ、助けるったって」
「そうですよね。あんなに高く飛ばれたんじゃね」
「ああそうだ」温泉玉を湯の底から拾い上げて見つめる。
「それをどうするんですか」
「こうするんだよ」
ザバッとその場で立ち上がると、腕を大きく回して温泉玉を眼下に広がるなだらかな山の斜面の森林に向かって投げた。
怪鳥はものすごいスピードで、宙に弧を描き森に落下していく温泉玉を追いかけ、千歳を吊り下げたまま急降下していった。
「僕たちも行こう」
「はい」
ふたりはザバリと湯から上がると、脱いであったワンダーフォーゲル風味の服を着て、濡れたバスタオルと千歳の服を拾い上げると湯だまりのある山の斜面のでっぱりから急いで下に降りていった。
効太郎たちが去ると、温泉玉をなくした『青の湯』は、ゆっくりと凍りはじめた……。
× × ×
「それにしてもあいつ、ずっと目をショボショボさせてなかった?」森の中を歩きながら効太郎が鐘馬にいった。
「あいつって、千歳さんのことですか?」鐘馬は千歳の脱いだ服を両手に抱きかかえるようにしながら効太郎に並んでいる。
「そう。ショボショボさせながら鐘馬のことをチラチラ見てたよ」
「えっ、私、ぜんぜん気がつきませんでしたけど」
「僕はずっと気がついてたよ。なんか意味があったのかな」
「さあ、私には見当もつきません」
「まあいいや。引き続きあいつには注意が必要だな」
「……はあ」
「あ、いた」
木々がちょっと開けたところでふたりは千歳と怪鳥を発見した。
怪鳥はおおきな木の幹に頭をぶつけたらしく根っこのあたりでノビていた。
そのかたわらに、全裸の千歳がうつぶせになって倒れている。どうやらこちらも気を失っているようだ。
一歩踏み出しさらに近づこうとすると、効太郎の爪先にコツンと当たったものがある。
さっきの青い温泉玉だ。
玉を拾い上げた効太郎は、もう一度気絶している怪鳥に目をやった。
「持ち去るなら今だな」
「そのようですね」
鐘馬は裸体の千歳のかたわらまで近づいていくと、ひとまずしゃがみ込んで地面に衣服を置き、自分の首にかけていた濡れバスタオルを千歳の裸体の上にぺたりとかぶせた。
「千歳さん、千歳さん、起きてください」
バスタオルの上から軽く肩を揺するがまったく反応がない。
「死んでるんじゃないのか」
「いえ、息はしてます。気持ちよさそうな寝顔していますよ」
「早くしないと守り神が目をさますよ」
「弱りましたね。千歳さん、千歳さん」
さらに大きく体を揺するが、今度はうっとうしそうに鐘馬の手を払いのけると仰向けの大の字になった。かぶせたバスタオルが大胆にはだけそうになったので、鐘馬があわててかけなおした。
「寝てますよ」
「しかたない。ほっとくわけにはいかないし、目をさまさないんならおぶっていこう」
「えっ、裸の彼女をですか」
「先に服を着せてからだよ。鐘馬頼む」
「私がですか」
「千歳の服を持ってきたのは鐘馬だ」
「困りましたね」
「守り神が起きると面倒なことになるよ」
「しかたありませんね……」
鐘馬はやれやれといった感じで、置いておいた千歳の服一式からゴソゴソと青い縞パンを取り出し、広げてみせてからはじめてそれだと気づき、思わず顔を赤らめた。
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