第5話
「あの……下着から穿かせるんでしょうか」
「そうなるね。上着の上から下着は穿かないしね」かたわらで見ている効太郎がクールにいい放つ。
「そういうことではなく……」
溜息をひとつつくと、鐘馬は覚悟を決めたかのようにキリッとした顔になった。
「やりましょう。事は急を要しますからね」
縞パンを改めてぐいーんと広げると、千歳の上にかぶせていたバスタオルの裾を少しめくった。
白くしなやかな太股が出てくる。
鐘馬はおっかなびっくりといった感じでゆっくりと縞パンを片足ずつ、足首のへんまで通した。その調子でそーっと上に上げていく。
うまい具合に千歳の両膝のあたりを通過し、太股のエリアに突入しようとしていた。鐘馬は顔をそらした状態のままだ。
しかし、完全に縞パンを装着させようと思ったら、いったん千歳の腰を浮かせなければならないことが判明した。鐘馬はどうしても多少は彼女の体に触れなければならなくなってしまった。
手さぐりで彼女の腰のあたりをあちこちさわっていると、
「うーん……」
千歳の口から吐息がもれ、やがて薄目が開いた。
彼女の目の前で、腰をさわりながら悪戦苦闘している鐘馬の姿が視界にとらえられた。
鐘馬は彼女の目がさめたことに気がついていない。
「……」
なぜか千歳は一瞬ほほえんだ。
次の瞬間、彼女は目玉を落としそうになるほど大きく目を見開いた。
森の中で千歳とそれに続く鐘馬の絶叫がこだました。
× × ×
「……腹、へったなあ」
「……へりましたね」
「もう何日も何も食べてないんじゃないかなあ」
「いえ、まだ一日もたってません」
「そうだったかなあ」
「でも、わかります。こんなに歩いてばかりだと、おなかなんかすぐにすきますよ」
「だよなあ」
「です」
「……それにしても腹、へったなあ」
「……へりましたね」
そんな会話をしながらも、効太郎と鐘馬は、ふたりの先を肩を怒らせるようにしてズンズン行く千歳のことが気になってしかたがない。何度もチラチラとご機嫌でもうかがうように、彼女のうしろ姿に目をやっていた。
もうすっかり服を着た状態の千歳はさっきからずっと黙ったまま、もくもくと歩いている。
今、三人は、怪鳥が気絶した位置からとっくに離れ、森の斜面を登っているところだった。
目的は、落とした地図を探すことだった。
地図を見つけるためには、可能性として自分たちが墜落してきたルートを逆行していけば一番てっとりばやいはずだった。
しかし『青の湯』があった場所から見上げた時、傾斜九十度の岩盤が城壁のように何十メートルもの高さでそびえ立っているのがわかっていたので、よくあんなところを落ちてきて軽い打撲ですんだものだと関心することしきりで、間違ってもあの切り立った崖を今度は逆に登っていこうなどという気にはならなかった。だいいちそんな装備もない。効太郎も鐘馬も食料や寝具を詰めたリュックを背負っていただけで、今はそれもガレ場からの墜落で落としてしまっているから完全に手ぶらの状態だった。地図は効太郎のポケットから滑り落ちたようで、リュックよりもはるかに発見するのがむずかしい。風に乗ってヒラヒラとどこかへ飛ばされてしまえばなす術もない。そうでなくともこの果てしない秘境の中でちいさな紙切れを探しだそうとするには無理がありすぎた。
「でもしょうがないじゃない!」
誰も何もいっていないのに、先を行く千歳が振り返ってキレた。「あれがないと残りの六つの秘湯に辿り着けないんだから! 誰かのせいで!」
申し訳なさそうにあとをついて歩く効太郎と鐘馬は、さっきの件でますます鬼の形相と化した千歳にすっかり恐縮してしまっていて、落雷をやりすごす感じで身を縮こまらせた。
三人の行く山中の森は鬱蒼としていて薄暗く、とうぜん道らしき道もなく、早くもすべての行為が徒労に終わりそうな予感を三人にひとしく抱かせていた。
「クソッ、こんな格好してくるんじゃなかったよ」
サファリルックの千歳の短パンからスラリと出た白い生足は、今や虫さされと生傷だらけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます