第3話
「先代からのサーバント気質が染みついているんだね」
「サーバント、ですか」
「そう。効太郎のお父さんは御影山瞬太郎といって湯浴温泉旅館の創始者。効太郎は二代目だね。鐘馬のお父さんはそこの番頭、で、あたしのお母さんは仲居。あたしも旅館を手伝ってるけど」
「千歳さんは上下関係なんて関係ないみたいですね」
「あたしにはサーバント気質はないからね。あっそうだ、こうしちゃいられない」
千歳は急にいそいそと着ているものを脱ぎはじめた。
「何をするつもりなんだい」効太郎が聞く。
「決まってんでしょ、あたしも入るのよ」
ふたりはじーっと千歳を見ている。
「オラ、こっち見んなボケ!」ものすごい形相でふたりをにらみつける。
ふたりの男はあわてて前に向き直る。
「見たらぶち殺すからな」
衣ずれの音がして、千歳が着ているものを脱ぎさった様子がうかがえた。
やがてチャポンと音がして、効太郎たちの横にゆっくりと千歳が体を沈めてきた。
この時のために用意したバスタオルを体に巻きつけている。
もう大丈夫だろうということで、効太郎と鐘馬は千歳を見ると、
「何よ」
ほんのり頬を赤らめた千歳が、恥ずかしさをごまかすかのような不機嫌な表情を作ってみせた。鎖骨から首筋にかけての色白の曲線が男たちのすぐ目の前にある。
「僕たちの前でモロ肌さらしていいの?」効太郎が聞いた。
「だって、七つの秘湯に入っておかないと煉獄一族に対抗できないでしょ」
「水着は持ってこなかったの?」
「忘れたの!」
ふたりの男はそれ以上触れることはやめ、鐘馬が話題を変えた。
「この温泉玉にはどんな意味があるんですか」
手にした青い温泉玉をもう一度掲げてみせる。
「温泉玉の沈んだ七つの秘湯をすべて制覇すると究極の勇者になれるんだよ。でも、その玉がないとお湯の効能が消えてしまう」千歳も鐘馬の持つ青い玉を見つめ、「だから敵より先に七つの秘湯めぐりを終えて温泉玉を七つ全部回収する必要があるってわけ。そしたらあとから来た敵がいくらお湯につかっても効能は得られない、つまり勇者にはなれないってことね」
「ああ、そうでしたね」
「敵も来てるの? この秘境に」
「確実にあとをつけてきてるでしょうね」千歳は断言する。「やつらは秘湯の場所を知らないからね。温泉玉のことも知らないはずだから少しは安心だけど」
「秘湯は七つすべてに入らないといけないの?」
「そうよ。ひとつでも入りそこねると勇者にはなれない」
「じゃもう安心だ。僕たちがここで温泉玉を回収すればこの湯から効能が消えて敵はもう絶対に勇者にはなれない。そういうことだろ」
「確かにそうですよね」鐘馬が同意する。
「バカねあんたたち。敵がこの玉を奪って元の湯に戻せばそれまでのことじゃないの」
「あっそうか」
「こら一本取られましたね」
「だからのんびりしちゃいられないっていってんだよさっきから。落とした地図を探さないと。あれには秘湯の詳しい場所が書かれてある。もし敵に拾われてみなよ、あと六つの湯に敵が先に入ってしまう恐れがあるでしょ」
「そうなると、あとは温泉玉の奪い合いになるってわけだなあ……」
「でも、秘湯にはそれぞれ温泉玉を守る守り神がいるとおっしゃっていませんでしたか、確か最初に聞いた話では」
「いるよ」
「どこにいるんですか。私たちがこいつを持ち出したらマズいんじゃないですか」
「……うん。敵を殲滅したあとで全部元の場所に戻すからいいんだよ。ああ、それにしてもすごくいい気持ち」
「だろ?」効太郎がいった。
「勇者になるべきはちいさなことに動ぜず、ですかね」
「そうだね……」千歳がうっとりした顔でうなずいた。「ちょっとその玉見せて」
「はい」鐘馬が青の温泉玉を千歳に手渡す。
「きれいね。確かに不思議な玉」
「そうですね……」
しばらくのあいだ、魅入られたように千歳はいろんな角度から手に持った玉を観察した。
一瞬、何が起こったのか三人にはよくわからなかった。
頭上に巨大な影がさし、バサバサいう鳥のはばたきがすごい音量で聞こえてきたかと思うと、湯面に細かな波が立ち、そうして気がつくと千歳の姿が消えていた。
「あ」
効太郎と鐘馬が頭上を見上げると、人間ほどのおおきさの怪鳥が全裸の千歳を黄色い足で掴んで大空高く舞い上がっていくところだった。あまりにも突然の出来事だったので、彼女はあとに叫び声すら残さなかった。
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