a daruma party②

 「あ、あ 申し上げます!」


 へたり込んだマンバは、そのままわたしのほうを向いて額を床につけた。


 「お嬢様! どうか、どうか、スカーレットお嬢様に謝罪を!」


 「しゃざい? 謝っていってるの?」


 わたしがきくと、マンバは震えながら『はい』って!


 「どうして? あなたに酷い事したのよ? ホントならスカーレットがあなたに謝るべきだわ!」


 「あああ、その言葉も取り消してください! でないと_____」


 様子を見ていた周りの大人たちが急にざわざわし始めて、

 

 『決闘だ』

 『エステバンとローズウッドのお嬢様達が決闘だ』 

 『見ものだ!』 

 『エステバンは何を使うんだ!?』


 って、そんな言葉が聞こえてくる。


 「アンタが使うのはソレ? そんなんじゃボルコフの相手にもならないわよ?」


 スカーレットが、ルゥを指さてニヤニヤ笑う。


 「ねぇ、マンバ……『けっとう』ってなに? 使うって……ルゥがどうかしたの?」


  「ふぃ!? お嬢様、知らないのですか!?」


 知らないと答えると、マンバは本当に驚いたような顔をする。


 「『 だるま』を使った決闘です……高貴な方々が小さな争いごとがあったとき、戯れに自分の代わりに『だるま』を戦わせて決着をつけるのです! ……しかし、戯れでも敗者は勝者の命令_____」


 「え!?  争い?  決着?  悪いのはスカーレットじゃない!?  どうしてそんな事するの??  ルゥにそんな事させないもん!」


 いつの間にか、わたし達の周りを囲むように集まった大人の人達のざわざわが急に大きくなっていく。


 「逃げるの?  サシャ・C・エステバン!  それなら『負け』を認めてアタシの命令を一つ聞くことになるわ!」


 「命令……?」


 『そうよ』と言って、スカーレットはとても楽しそうに唇を吊り上げてこう言った。


 「サシャ・C・エステバン、負けを認めるならアンタには『だるま』になってもらうわ!」


 周りの大人たちが、『おおおおおお!!』とか『きゃぁぁぁぁぁ』とかそんな声を上げる。



 わたしが、だるま?


 ルゥと同じ『だるま』に?


 そんな事出来るの??


 「ひぃぃぃ!! すっすすスカーレットお嬢様!? それは幾らなんでも!!!」


 いつの間にか目の前まで近づいてきたスカーレットが、わたしを思いっきり突き飛ばした!


 「きゃ!」


 わたしは、床にペタンってなる。



 ガッ!



 「!?」


 スカーレットが、ブーツでわたしの足をギギギッて強く踏む。


 「いたいよ……どうして? なんでこんなことするの……!」


 「分からないの? アタシは________きゃ!?」


 急に、スカーレットが床にころぶ。


 「ぐぅぅぅっぅぅぅ!!」


 うなり声……ルゥがスカーレットに体当たりした!


 「な! なによコイツ!?」


 「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 ルゥが、わたしの前に立ってスカーレットに向って吠える。


 それを見た大人たちが、ざわめいて驚いたと歓声をあげる……凄い声!


 空気がビリビリするみたい!


 「……さない 許さない! 殺す! そのだるま殺して、アンタの手も足も、もいでやる!!!!」


 転んだスカーレットは、顔を真っ赤にして怒鳴ってから周りをかこんでた大人たちの中にまぎれていく。


 「あ~あ~♪ 大変な事になちゃったね~♪」


 黒いベビーカーが、ぼんやりしてたわたしの横にきゅるきゅるする。


 「メンフィスせんせぇ~……」


 「あらあら♪ 泣いちゃってかーいーのー♪」


 いつもの喋り方に戻ったメンフィス先生が、ナプキンでわたしの顔を拭いてくれた。


 「申し訳ありません! うちの所為でお嬢様をこんなこんな目にあわせて……いっそ殺してください!!!」



 マンバは、床に頭をこすりつけて泣いちゃった。


 「も~君を殺してもサシャちゃんの得にはならないよ~♪ ふぅん~それにしても決闘ねぇー♪ 負けの条件がアレじゃ断れないね♪」



 赤い唇がニッてする。


 「でも、でも、悪いのはあの子だよ? それにルゥが________」


 「それなら負けを認めて手足もぐ?♪」



 メンフィス先生が『先生がやってあげようか♪』って、ニッてする。



 もぐって……ほんとうに手足を切るってコトなんだ……どうしよう、どうしょう…。


 恐くなって、ぽろぽろ涙がでちゃったわたしをみてルゥがメンフィス先生にうなり声を上げた。


 「そんな風に可愛く呻るのはいいけどさぁ~♪ ルゥくん勝たないとサシャちゃんおててと足が無くなっちゃうんだよ? おk♪」

 

 ルゥは呻るのを止めて、じっとメンフィス先生を見てる。


 「ふぅん♪ ……ほんと馬鹿だね君」


 メンフィス先生が、ぽんぽんとルゥの頭を撫でたけどルゥは怒らなかった。


 「ねぇ、そこの黒い君♪」

 

 メンフィス先生に声をかけられたマンバが『ひゃい!?』って、へんな声を上げながらぴょんって立ち上がる。


 「あの娘、どんなの使うの?♪」


 「すすすっスカーレットお嬢様はボルコフを……当主様が戯れに飼われた決闘用のだるまを使います! とてもその愛玩用では太刀打ち出来ません!」


 マンバはぴしってきおつけしたまま、目だけでルゥをチラってみて直ぐにメンフィス先生の方を向く。


 メンフィス先生は『あらまぁ、えげつない♪』と言ってニッてする。


 「メンフィス先生……『けっとう』はどうしてもしなきゃダメなの? 手や足を切られるのはいや……でも、ルゥを戦わせるなんて……」


 わたしは、リードの先でこっちをじっと見てるルゥをみた。


 最近、ようやく短い手足をつかって上手く動けるようになったばかりのルゥ。


 『けっとうようのだるま』というのが、どんな『だるま』なのかよく分からないけどルゥはそんなに早く動けるわけじゃないし噛み付こうにも歯もないんだからきっとひどい目にあってしまうわ!


 「ふぅん♪ こりゃキツイね……けど、決闘ってさ申し込んだ方が方法を決めるんだけど申し込まれたほうは場所を決める事が出来るんだよ♪」


 メンフィス先生は、ちらりとルゥをみて言ったけど……場所って言われても……。



 一時間後、スカーレットから『はたしじょう』が届いた。



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 決闘内容:一対一のデスマッチ勝敗はどちらかが死ぬまで

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 って、お星さまの便せんにとても汚い字で書いてあってわたしはこわくなってルゥのことをぎゅってする。


 こわい。


 スカーレットの事がとってもこわい。


 だけどしっかいりしないと、わたしは『ごしゅじんさま』だものルゥを守らなくちゃ。


 「あのっ、お嬢様はその『だるま』の事が好きなのですか?」


 ピシッときおつけしたままの目だけこっちをみたマンバが、変な事をきく。



 「え? わたしルゥの事大好きよ?」


 みんな好きだから『だるま』を飼うんじゃないのかしら?


 「ね♪ いったでしょ? この子たち可愛すぎって♪」


 メンフィス先生は、ぽかんとしてるマンバにニッて笑っていった。



 あつまっていた大人の人たちが、ざわざわして『なにをかける』とか『よそうはどっちがゆうりだ』とか言いながらバラバラになっていく。



 こわい。


 どうすればいいんだろう?


 パパもロノバンもリーンとケリガーもこんなにお客さんがたくさん来ているからとてもいそがしいし、『仲良くしてほしい』って言われたのに決闘しなきゃいけないないんてパパが知ったらきっと悲しい顔をするわ……。


 わたしは、メンフィス先生を見上げた。


 「♪」


 メンフィス先生は、わたしを見てニッてしてる。


 がんばらなきゃ! 


 こわくても知らないことはちゃんと聞かないと!


 「メンフィス先生、わたし手と足をもがれるのはいや……! でも、ルゥに危ないことさせたくない……スカーレットとも仲良くなりたい……どうしたらいいの? おしえてっ!」


 「うふふ♪」


 メンフィス先生は、ナプキンでわたしの顔をふいてくれた。


 「真っ赤なおめめの赤ずきんちゃん、コレは避けられないよ♪ 知らないことは教えてアゲル♪ だから自分の『だるま』を信じてごらん♪」


 メンフィス先生は、歌うみたいにそういってわたしの涙をぺろってなめる。


何だか楽しそうなメンフィス先生の押している黒いベビーカーの白いだるまが、コヒューコヒューって苦しそうにいきをした。 



 ◆



 まだ雪の残るお庭は、夕日のオレンジにそまっている。


 スカーレットは、震えながら息を白くしてわたしのことを睨むと不機嫌な声で『どういうつもり』っていった。


 「スカーレット! どうしても……どうしても決闘しなきゃダメ? わたしはアナタと仲良くしたい……」


 「はっ! 冗談じゃない! アンタあたしから大事な物を奪った! 許さない……絶対に!」


 「なに? わからない……わからないよ! なんのこと?」


 スカーレットは、怖い顔でギッてわたしをにらんだまま黙っちゃう。


 どうして?


 突き飛ばしたから?


 でも、それはスカーレットがマンバの頭をふんずけたからじゃない!


 いつの間にか、屋敷から出てきたたくさんの大人たちがテラスやポーチからお庭の方を眺めてざわざわしてる。


 「アンタの『だるま』はどこよ? こんな所を指定したんだからなにかあるんでしょ?」


 メンフィス先生は、自分のだるまをルゥを信じてって言った。


 けど、けど……。


 わたし決めたの、ルゥにこんな事させないって。


 「ふしゆぅぅぅうぅぅしゅぅぅぅぅぅ……」


 スカーレットの少し後ろにいる『だるま』は、黒いマスクをしていて肌も黒くてルゥよりも大きくて足もルゥより長くてなにより片方のおててにはピーターパンのフック船長みたいな大きなフックがついていてもう片方のおてては根元からなかったけど代わりに夕日を浴びて光ってるのは刃物よ!


 あの黒いだるまの二つの手は武器なんだ!


 わたしは、じっとスカーレットの黒いだるま見てルゥとくらべる。



 ……ああ、ダメ!



 ルゥは、刃物なんてつけてない。


 ルゥは、黒いだるまに比べたらふたまわりくらいは小さい。


 ルゥは、歯だってない。


 ルゥは、あの黒いだるまよりずっとずっと細い。


 パーティーだからって、おめかししたおててのフリルのシュシュと赤いリボンのかわいいツインテールがふりふりしてるだけだもん!


 あんな刃物に一刺しでもされたら_____いや!


 それはいや!


 あんなの……あんなの勝てないよぉ……ルゥが殺されちゃう!


 ああ……ルゥをケリガーの倉庫につないできてよかった。


 ……こんなのだめ……決闘はこれでおしまい。


 わたしの負け。


 きっとスカーレットの命令で、手と足をもがれるの……けど、わたしは『ごしゅじんさま』だからルゥを守らなきゃだから。


 でも、手も足もなくなっちゃたらルゥのお世話どうしよう……。


 「ふぅん……だるまを隠したの? なによ、こんな決闘くらい伯爵のパパに頼めばどうとでもできるって? この卑怯者!」


 スカーレットが、意地悪く笑う。


 「違う! スカーレット! わたしは________」


 「取り押さえて!」


 叫ぼうとした口が、後ろからぬって出てきた手で押さえられて右手も掴まれてせなかにぐいってされて動けなくなる!


 「申し訳ございません! 申し訳ごいざいません グスッ も"っじわげござい ヒック」


 え!? マンバ!??

 

 マンバは、泣きながらわたしの腕をぐいってして口のても力いっぱい押し付けるの!



 「んんーーーーんんんーーーーー!!!!」


 どんなに叫んでもマンバの手が邪魔で、スカーレットに止めさてって言えない!



 サクサク。


 「!?」


 わたしのすぐ横。


 ルゥが、ミトンの足で雪の上を黒いだるまに向ってく!


 どうして!?


 ちゃんとケリガーの倉庫にリードをつないだのに!?


 「ふふふ、やっぱりね! 隠すと思ったからマンバにつけさせたら案の定……折角助けたのにいい気味! あんたが大事にしてる『だるま』目の前で殺してあげる! いけ! ボルコフ!!」


 スカーレットに命令されて、黒いだるまはこっちに向って雪の上をザクザクと真っ直ぐ進む。


 「んんーーーー!」


 ルゥが、ツインテールをゆらしてわたしをみた。



 え?


 ほんのちょっとだけジッとしたルゥは、そのまま前をむいて黒いだるまに向って走る!


 すると、お屋敷の方からこっちをみてるたくさんの大人の人達がいっせい手を叩いて大声をだす。


 笑ってる……みんな笑ってる……なんで?


 ルゥが殺されるかもしれないのに!

 

 ルゥは、振り下ろされる刃物を転がりながら避けて、ちょっと切れて血をだしてギリギリまで黒いだるまを引き寄せてから逃げてまた引き寄せるというのを繰り返しているだけで何も出来きないの!


 だって、ルゥにはあの『黒いだるま』みたいな武器も歯も無いんだから!


 ルゥは一生懸命走るけど、やっぱり黒いだるまの方が早くてどんどん追いつかれていく!


 どうしよう! ルゥ! ルゥ! 逃げて!


 「んんーーーーーーーーー!!!」


 わたしはキッてマンバを睨んだ!



 お願い!


 お願いよ、マンバ!


 わたしを放して!


 ルゥのところに行かせてぇ!


 でも、マンバはぼろぼろ涙をながして『申し訳ございません……』って、言うだけ!


 「ぎゃう!!!」


 ルゥの叫び声がして、わたしはマンバから目をそらした!


 ああ! ルゥ!!!


 ルゥの肩に、黒いだるまのフックがひかかって刺さってる!


 黒いだるまはそのままルゥを雪の地面に引き倒して、長い刃物のほうのてをふりかぶって狙いをさだめて_______。


 もう、目がにじんで何も見えない……嫌だ!


 ルゥを殺さないで! 


 おねがい! 


 なんでも、なんでもするから!!!


 ガツン!


 何かが硬いものにぶつかるような音がして、涙がめからこぼれてよくみえるようになる。


 真っ赤になった雪と、片方のおててが雪にうまったみたになってる黒だるまと____。


 「ぐっ……ぎっ!」


 ルゥ、ルゥ!


 ああ、でもっ肩のお肉がぶらんってしてあんなにいっぱい血が出てる!


 「ふしゅぅぅぅぅ!! ふしゅぅぅぅぅぅ!!」


 黒いだるまは、地面に刺さった刃物のおててを抜こうと必死にもがいてもう片方のフックで地面をおしてる!


 大変!


 あのままじゃ抜けちゃう!


 ルゥ! 逃げて!


 でも、ルゥはふらふらしながらもがいてる黒いだるまギリギリまで近づく。


 「んん? んんーーーー!!」


 ルゥが、こっちをみた。


 あれ?


 やっぱりだ……ルゥ……どうしてわらってるの?


 ガツンっておとがして、ルゥが頭を自分で地面にぶつけた!


 それも何回も何回も!


 頭から血が出てもやめないの!

 

 「____________!?」



 見ていた大人の人達が歓声を上げる。



 なに!?

 

 どうして?

 どうしてそんなことするの!?


 それは、一瞬だった。


 いきなりルゥが、ルゥと黒いだるまザボンって!


 マンバがやっと口からてを放した。


 「っはっ けほっけほっ! ルゥ! ルゥーーーーー!!」


 バタバタすると、すぐ後ろでメンフィス先生の声がしてマンバに『放してあげなよ♪』と言ってくれてわたしは急いでルゥのところに走った!


 「それ以上はあぶないよ♪」


 急に後ろから肩をつかまれて、わたしは雪の上にしりもちをつくけどそんなのどうでもいいの!


 メンフィス先生に掴まれて近くまでいけないけど、見えるのは大きな穴と中にはいっぱいの水。


 その水は、少しぶくぶくしてる。


 けど、ルゥもあの黒いだるまのもどこにもみえないの!


 ああ、ここはパパが鯉を飼ってる池。


 ……このまえわたしが落ちて________。


 「7分経過♪」



 メンフィス先生が、キラキラの腕時計を見て『残念だよルゥくん』っていう。


 「うそ……うそよ……」


 わたしは、ルゥみたいに這って池に近づく……大きな穴からヒビが入ってそこから雪がびちゃびちゃになってる。


 目の前がぐるぐるする。


 大人たちが手を叩いてる音もメンフィス先生の声もスカーレットの金切り声もみんなみんなボンヤリしてとおい……。


 あ  

   あ


 あ

      あ

 

 あああ   


   あああああああああああああああああああああああ!!!!



 『やめなさい!』って、メンフィス先生が手をつかんだからわたし噛み付いちゃった。


 だって、早く、ルゥを氷のしたから出してあげないといけないのにじゃまするからよ?



 ガリッ!


  ガリッ!



 ガリッ! ガリッガリッ!   メチッ。




 あれ?


 穴にね、あっという間に割れた氷が集まっちゃって塞がっちゃってだがら氷をほってたらつめがとれちゃった。


 ま、いっか。

 もっと、もっとほらなきゃ、もうすこし、もうすこし……うう?

 お水が真っ赤でよくみえないよぉ~……。


 「お嬢様!」


 黒い手が、わたしの真っ赤なてをつかむ。


 「まんば? どうしてじゃまするの? はやくねルゥをね、だしてあげないとさむいの」


 そういったら、マンバがわたしのてをぎゅぅぅぅってして目からボロボロ涙をこぼすの。


 どうしたのかな?


 黒いマンバの目がわたしをみて震えながら『ひっ、引き分けです』っていうの?


 ヒキワケってなに?


 どうしてマンバはわたしをみて泣くの?


 「はなして」


 「ヒック! 放しません! それ以上はお嬢様の爪が全部なくなってしまいます……!」


 マンバは全然はなしてくれない。


 「お嬢様のだるまは、しんで_______」


 「そんな事ないもん! はなして! いやぁーーーー!!るぅーーーーーーーーーーーーー!!!」


 ゴツン!


 それは小さい音だった。


 あっ。


 「え?」


 雪をどけた氷の下に黒いのがゆらって、氷がまっかで良く見えないけど気のせいじゃない!


 マンバもびっくりしてるもん!



 「ルゥ____? ルゥ!!」



 わたしは、マンバに掴まれた手をヌルッってぬいて真っ赤になった氷を叩く!



 「ルゥ!!」


 「お嬢様! おどきください!」



 マンバが、わたしをどけてさっきまでわたしが掘っていたまっかな氷のところを思い切りぎゅってにぎった拳で殴った!


 ゴキンって鈍い音がして、殴ったマンバの手がくてんってなって氷がビキビキするけど割れない!


 「も~♪ なにやってんのさぁ♪」


 メンフィス先生が、ニッてしながらガリガリとどこからかスコップを引きずってきて『さぁ、どいてごら~ん♪』ってスコップをふりあげてビキビキになった氷にガツンてした。


 ガッ!  ガッ!


   ガッ!


 ガッ! ガッ!  ガッガッ!!

 


 「もういっちょ♪」



 ボコッ!


 メンフィス先生が、氷のかたまりをスコップでえいってどける!


 あああ! 

 ルゥ!!!


 わたしが見たのは、ルゥの黒い髪。


 「ルゥ! ルゥ!」


 けど、ルゥは顔を水につけたままぴくりとも動かない!


 いや! 

 いやぁ!!


 わたしは、ルゥの髪を掴んで力いっぱいこっちに引っ張る!


 マンバも手伝ってくれたからなんとか氷の水から出すことができたけど、けど、ルゥは冷たくて、くてんてしてお人形みたいなの!



 「ルゥ! ルゥ! お願いおきて! メンフィスせんせぇ! どうすればいいの!? どうすればルゥはおきるの!? おしえてぇ!」


 メンフィス先生は、もう無理だよっていうけどわたしは一生懸命おねがいして方法をきいたら『気の済むようにしないさい』って教えてくれる。


 わたしは、教えてもらったとおり動かないルゥをひっくりかえしてあおむけにしてほっぺを叩いて名前をよんでみる……やっぱりうごかない。


 マンバが手伝ってくれるって言ったから、ルゥのむねをおしてもらうことにしたんだけど片方の手がさっき氷を叩いたせいで変な所をむいてるから靴をぬいで足でふむことにしたの……ごめんねルゥ。


 ぐっぐっって10回ふんだら、ルゥの顎をあげて鼻をつまんであいた口にカプッしてじゅぅぅぅぅぅってする!


 やだもん!


 あきらめないもん!


 わたしをおいてくなんてだめだもん!



 『ごしゅじんさま』の命令はぜったいなの!


 だめ!


 だめなんだから!!!


 じゅぅぅぅぅぅ~~~~じゅぅぅぅぅぅぅ~~~!



 「あっ、あのっあの! お嬢様! 多分そこは吸うんではなくて息を吹き込む所です!」

 

 「うじゅっ!? ゴック、ゲホッ! ゲホッ!」


 きゃぁ! 大変! 間違えちゃった!!


 わたしは、あわてて息をふくけどうまく出来ない!


 ああ!


 ダメ! そんなの許さないんだから!



 「お嬢様……もう、もう……」


 マンバがふむのをやめちゃった。


 「だめ! だめよ!!」



 バチン!


   バチン!


 

 「おっ、お嬢様!?」


 動かないルゥのほっぺを力いっぱい叩いたわたしに、マンバがびっくりする。



 「ルゥ! おきなさい! お前はわたしのものなの、こんな勝手は許さない!」


 わたしは、ルゥに息をふきこんで膨れてしぼむむねを力いっぱいたたく……足りない!


 今度はおしりでルゥのおなかにドスンてした!



 もういっかい!



 こんどは、立ち上がってジャンプしてドスンってする!


 「ゴポッ」


 ルゥが、ゴム人形みたいに少し開いた口から水を吐いた。


 「おきて! 命令よ! 悪い子! 言う事がきけないの……? お願い______る_____」


 「ゴプッゴプッ_____げぼっ!? っ、ひゅっ!?」



 ルゥが、目を開けた!


 ルゥが、水と一緒になんだが黄色い物をはいてる!


 ルゥのお肉がぶらんてしちゃった所から血が流れてる!


 ルゥは真っ白な顔で、ぐるぐるしていた目がわたしを!


 わたしを見た!


 ああ! ルゥ!!


 わたしは、ルゥにぎゅってする!


 「ルゥ! ルゥ! よかったっ! うううう~」


 「ぶっ!? ぐっぐぐぐぐっ!」


 ルゥが死んでないことがうれしくて、わたしはルゥの顔中にいっぱいいっぱいキスをした!



 「汚らわしい!」



 いつの間にか近くにきていたスカーレットが、わたしとルゥを汚いものを見る目で見下ろしてる。


 わたしは、スカーレットをギッて睨んだ!


 「スカーレット! どうしてこんな酷い事ばかりするの?」


 「五月蝿い! アンタなんか汚らわしい『カチクノコ』のくせに! この屋敷から一歩も外にだして貰えないくせに!」


 スカーレットの言葉に、今まで静かだった大人たちのざわざわが大きくなっていく。



 『カチクノコ』?


 一体なんのことだろう?


 スカーレットが意地悪そうに笑う。


 「知らないの? 自分の事なのに本当に何も知らないのね……アハハハハ! 何にも知らないお馬鹿なサシャ・C・エステバン! アンタなんてその『だるま』と大差ない!」



 なに?


 スカーレットは何が言いたいの?



 「アンタのには______」




 ざくっ!



 ハイヒールのかかとが雪を踏む。


 今までニッとしてこっちを見ていただけのメンフィス先生が、ふらってわたしとスカーレットのあいだに入って______。


 バシ!


 スカーレットが、雪の上にたおれた。


 ほっぺを抑えて雪の上に座り込むスカーレットを、メンフィス先生のヘーゼルの目がまるでゴミでも見るみたいに見下ろしている。


 「お、お姉様っ!」


 「世の中には決して口にしてはいけない事があるの……でも、もう手遅れね……あの人を怒らせてしまった」


 メンフィス先生は、見物がおわってざわざわしながら屋敷の中に戻っていく大人の人達をながめてためいきをついた。


 「ああ、レット。 お前は、なんて無知で愚かで醜くて……可愛いのかしら?」


 メンフィス先生は、雪の上にひざをついてスカーレットをぎゅーってする。


 スカーレットは顔を真っ赤にして、とてもうれしそう。


 そうか……スカーレットとメンフィス先生は、よくみたら髪も目の色も同じ。


 二人は姉妹なのね。

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