St. Valentine's day④
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パパとロノバン
わたくしは、地下室を出てすっかり気落ちしてらっしゃる旦那様を元気ずける為、好物のダージリンティーとヘーゼルナッツのクッキーを持って書斎を訪ねました。
「失礼いたします」
ノックなんてしません、容赦なく書斎に踏み込みます。
「……ロノバン……今は一人にしてくれないか?」
「旦那様。 お心にも無い事を仰ってもこのわたくしには通じません」
旦那様は、諦めたように書斎の椅子をターンしてわたくしに背を向けてしまいました。
そんな所は昔から変わりませんね!
「お早くお戻りにと、報告がてらしたためましたのに直接『隣人』の処理をなさったとか?」
「ああ、報告を読む限り最優先事項だと思ったからね」
「他のものに任せればよろしかったですのに」
「いいや、確実に僕の手で潰しておきたかったんだよ……顧客の情報を売る『隣人』なんていらないからね」
いつもの優しい紳士は何処へやら、此方に背中を向けているにも関らず部屋の温度が下がったのではと思うほどの殺気立ったお声。
流石でございますね。
「しかし、顧客情報が売られたとなると……」
「それについても手をまわしておいた、コレで市警の刑事が屋敷に訪ねることもないだろう」
上層部に手を回されたのですね。
まぁ、世界のエステバン家に逆らおうという政治家はおりますまいが。
「どうした?」
「いいえ、気になる刑事が……」
旦那様は、『ああ』と呟きクルリと椅子を回してようやくわたくしと視線をあわせました。
「ソウル・バトゥスキー」
旦那様は、手にしていたファイルを机に置き溜め息をつきます。
「若くて優秀な刑事だ、それに執念深い……彼のバディを処理したのはやむおえない事だったとは言え……まぁ、一介の刑事にはこれ以上手出しできないとは思うが……」
わたくしは『処理いたしますか?』と訪ねましたが旦那様は様子を見るようにと仰りましたのでその指示に従います。
「ロノバン……その……サシャは?」
急に旦那様は、もじもじと尻すぼみになります。
ふふ、世界のエステバン家の当主にして目的の為ならどんな冷酷非道な手段も厭わないと恐れられていても一人娘の前では形無しですねぇ。
可愛らしい。
「大丈夫でございますよ旦那様、お嬢様も夕食までには機嫌を直される事でしょう」
そう申し上げると、ようやく旦那様は紅茶とクッキーに手を伸ばされます。
「チョコレートもお喜びの様子でしたよ」
そう報告いたしますと、旦那様は紅茶を片手に椅子を半回転させ窓を見て何処か物思いにふけった表情になります。
ああ……!
わたくしとしたことが、何たる失態!
「アレもチョコレートが好きだったからな……」
旦那様は、窓の外から見えるまだ枝ばかりのチェリーブロッサムを眺め悲しげな目をなさいました。
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2がつ17にち
ルゥにえほんをよんであげる!
わたし思ったの、ルゥってホントはとっても頭がいいんじゃないかって!
だからルゥに言葉をおしえたら、お話ができるんじゃないかって!
わたしは、わたしが赤ちゃんのときに読んでもらった絵本をもって地下室にいった。
絵をみせながらよんであげたんだけど、何だか変な顔をするばっかりで意味がわかってないみたい……でも諦めないんだから!
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2がつ18にち
赤ずきんちゃんをよんであげる。
最後の方で、赤ずきんちゃんがオオカミさんに食べられておしまいの所でルゥかへんな顔をする。
この絵本……パパがコレが正しい赤ずきんちゃんの話だよって言ってたんだけど……どこかへんな所でもあるのかしら?
絵がこわいのかな?
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2がつ19にち
長靴をはいた猫をよんであげる。
やっぱり猫が、うっかり長靴をはき忘れておさんぽして死んじゃったところで変な顔。
ルゥって、恐がりなのかしら?
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2がつ20にち
フランダースの犬をよんであげる。
男の子がさむい教会で死んで天使にお迎えにきてもらって天国へいくところでは、なんだか懐かしいものでも見るような目……。
ルゥってよく分からない。
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2がつ21にち
白雪姫をよんであげる。
よんであげてるところに、ロノバンがやってきて少し申し訳なさそうに『ルゥの喉は潰れておりますので言葉を発することは無いでしょう』っていうの!
じゃぁ、今までの事は無駄だったの?って聞いたら、『言葉は覚えると思います』っていったから安心した!
おしゃべり出来ないのは残念だけど、もしかしたらわたしの言う事くらいは分かってくれるかもしれないじゃない!
明日は何をよんであげようかな?
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2がつ22にち
パパのていあん。
「サシャ、今度屋敷でパーティーを開こうと思うんだ!」
って、パパは言った。
「ぱーてぃー? ぱーてぃーって、あの絵本とか出てくる? お客さんがいっぱいきてダンスしたりお料理たべたりの?」
「そうだよ」
うわぁ~そんなのはじめて……でも……。
「ふふ、それにこのパーティーはね『特別』なものなんだ」
パパは、楽しいそうに言う。
「特別?」
「そうだよ! サシャはルゥの事が大好きだろう?」
「うん! わたしルゥのこと大好きよ!」
「だからね、ルゥも一緒に楽しめるパーティーにしようと思うんだ」
パパは、わたしの頭をくしゃりと撫でる。
「ほんと!? 地下室からルゥを出してもいいの?」
「ああ、なんなら当日までにルゥに屋敷の中を歩く練習をさせてもいいよ?」
「きゃー! パパ大好き!」
わたしは、うれしくてパパにぎゅってする!
どんなパーティーなんだろう?
とっても楽しみだわ!
「そうそう、招待する予定のお客様にはサシャと同い年くらいの子供もいるから楽しみにしているといいいよ」
「え? ほんと?」
「ああ、サシャは自分以外の子供を見るのは初めてだろう? そういう意味もこめてのパーティーなんだ」
子供。
わたし以外の……?
どうしよう、ドキドキしてきた……わたしこの屋敷から出たことないから今まで子供なんて見たことない……!
「わたし、仲良くできるかなぁ?」
「大丈夫だよ、もし難しくてもルゥも一緒だからきっと大丈夫だよ」
そういって、パパはわたしをぎゅーってしてくれた。
パーティーは、来月に開くってパパが言う。
楽しみだけどちょっと恐い。
パパは、お仕事の書類を書くって書斎に行ちゃった。
わたしは、地下室のルゥの所へ駆けていってルゥにパーティーについていっぱいお話した!
「わたし、ピンクかカーマインのドレスを着るからルゥもその赤い首輪に合わせて赤いリボンを結んであげようかな? それともレースかフリルのついたシュシュとか……ああ、どうしましょう!」
ルゥは、ぽかんとした顔でわたしを見上げてる。
わたしもあまり良くわかってないけど、きっと、きっとパーティーって楽しいものだとおもうの!
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2がつ23にち
リーン。
そこには、ボロボロのやせこけたリーンがたっていた。
「あう おじょ おじょうささまっあああああ……」
……どうしよう。
まさかこんな事になるなんて……。
わたしは、びっくりして朝食のパンケーキをほうりだしてリーンに駆け寄った!
「リーン!」
「ひゃうぅぅぅ!」
手に触ろうとしたけど、リーンはもの凄い勢いで後ろに飛退いたからリビングの扉に強く頭をぶつけちゃったの!
「え? どうして?」
「お嬢様、それはまだお嬢様が『許す』と仰ってないからですよ」
ロノバンが、わたしのカップにミルクティーを入れながらふそりと言った。
「へ?」
「お嬢様、罰を与えたのならソレが終わった時はちゃんと言葉にしなくてはいつまでも相手は不安を抱えるのです……まぁ、『そういう躾』も有りますが」
リーンは、不安げな顔でガタガタ震えながら床にぺたんと座っている。
可哀想に……。
「リーン、罰はおしまいよ。 もう、お仕事してもいいのよ? いつもみたいにわたしに触って、見て、話していいの! 良く我慢したね……いい子」
いつもパパがしてくれるみたいに、頭を撫でてあげたらリーンは赤ちゃんみたいにわんわん泣いてわたしに抱きついてきた。
ふう、罰をするのも大変ね。
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2がつ24にち
静かな日
きょうはとても静かな日。
ケリガーは、パーティーのために植える球根や木の苗を買いに町へ。
ロノバンも、パーティーの食材リストをつくると言ってキッチンにこもりきりだし。
リーンは、あんまり痩せちゃったからわたしがメンフィス先生の診療所へ行くように言ったから屋敷にはいないし。
パパも、書斎から出てこない。
ルゥも、背中の傷の消毒と体を拭いてゴハンもあげたし……絵本は夜寝る前だから今はこうして日記を書いている。
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2がつ25にち
きょうも静かな日。
ケリガーは戻ってきたけど、今度は倉庫からでてこない。
窓から覗いたけど、なんだかむつかしいかおして球根とにらめっこしてる。
ロノバンは、お料理の試作品を作っては頭を抱えてる。
リーンは、『えいようしっちょう』だから入院だってメンフィス先生から電話があったってパパがいってた。
パパは、やっぱりお仕事で書斎から出てこない。
ルゥの背中の傷はどんどんよくなってる。
もう少しでまたお風呂に入れるね!
ルゥ、バスタブが好きだから今度は落っことさないようにしなきゃ!
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2がつ28にち
ルゥのおさんぽ。
パパがいいっていったから、パーティーのとき困らないようにルゥの歩く練習をする。
お屋敷の中だけだけど、わたしはちょっと不安。
だって、ルゥは一度逃げようとしたもの!
だから、お外に逃げないように玄関のドアも廊下の窓も思いつくところはぜーんぶ鍵をかけたの!
うん、だからきっと大丈夫!
ルゥは絶対に逃げられないんだから!
「よし、うんちもおしっこも終わった! 体もふいたしミトンもつけた! あとは……」
引き出しから鎖のリードをだしたら、ルゥは脅えた顔してわたしをみあげた。
あ、そうねこの前コレでいっぱい叩いたからこわいんだ……。
「大丈夫、きょうはコレでなんて叩かないから……うーしてごらんうー」
いやいやするルゥの顎を上にあげて、首輪にリードをパチンと留めて外れないかチェックする。
「うん、大丈夫ね」
「うううう?」
わたしは、不安そうなルゥの頭を撫でる。
ルゥの髪は、クリスマスの時より長くなって前髪が目にかかっていたからわたしの髪からリボンを外して結んであげた。
「ルゥかわいい……」
「……」
前髪を結んだルゥは、とても可愛いけどこのピンクのリボンより赤いのが似合うと思うから後でわたしのお部屋につれてってい一番似合うのをルゥにあげようっと!
「さぁ! いこうルゥ! おさんぽだよ!」
わたしは、ルゥのリードをぐっっと引っ張る。
ルゥは、上に行く事がわかったみたいでわたしの前に出てミトンの手足をつかってぽてぽてあるいて階段を一生懸命よじよじのぼる。
うふふ、おしりがふりふりしてるの!
階段の一番上で、まてをしているルゥ……早く開けて欲しいのね!
「はいどうぞ」
ドアをあけたら、急にルゥは走り出そうとしたけどわたしはギリッてリードを引っ張る。
「ギュッ! ぐぇっ!?」
「駄目よルゥ、ゆっくり歩くの」
見下ろすと、ひっくり返っちゃてたルゥは少し脅えた顔でわたしをみて『うううう』って鳴いてゆっくりごろんてして今度はちゃんと言うとおりに歩いてくれた。
地下室から出たルゥは、真っ先に外へのドアを見た。
閉じてる。
窓をみた。
閉じてる。
ルゥの目がゆらゆらして床を見る。
「ルゥ」
廊下で動かなくなったルゥを撫でたらビクってした。
膝を床について顎に手を添えて顔をあげてみる……目がなんだかぐるぐるして震えてちょっと面白い。
「もう、逃げられないよ?」
にっこり笑ってそういったら、ルゥのまっくろな目からぽろって涙が一粒おちた。
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