St. Valentine's day③

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 2がつ11にち



 ため息の出る日


 

 「どうなさいましたか? お嬢様?」


 ため息をついくわたしに、ロノバンが朝食のパンケーキとミルクを出しながふそりとした。


 黙るわたしにロノバンは続ける。


 「ルゥでしたら、すっかり熱も下がりましたので無理をしないなら明日にでもお会いになれますよ」


 「ホント!?」


 ああ!  やっとやっとルゥに会える!


けど……。


 「ロノバン……こんなに長いこと会わなかったら、ルゥわたしの事わすれてないかしら?」


 「それはございません! お嬢様の事はなにがあってもルゥは忘れられないでしょう」


 ロノバンは、自信たっぷりにお髭をふそりとする。

 

 「そうよね、ルゥがわたしのこと忘れるはずないよね……」


 パンケーキを一口食べる。


 おいしい。


 パンケーキのメープルシロップとバターが、とろって溶けてとってもおいしい!


 「時にお嬢様」

 「ふぐっ?」


 口いっぱいにパンケーキを詰め込んでたわたしは、ミルクでおなかの中にながしこむ。


 「ゴクッ! なぁにロノバン?」

 「リーンは、いつまであのような格好を?」


 ロノバンが、床にころがるリーンを変な物を見る目で見てる。


 「あのね、リーンったら『すてたら死んじゃう』っていうの……勿論捨てるなんてしないけど悪い事したら罰をしなきゃでしょ? だからああしたんだけど……」


 床にころがっているリーンは、メイド服のまま両方の腕の手のひらを肩につけてそのまま縛り上げて両足も脹脛と太股をくつけたまま硬く縛って頭から黒い皮袋を被っている。


 動きたかったら膝と肘を地面に付かないと移動できないし、黒い皮袋の下は目隠しと耳栓がしてあるからきっとこっちの声とかも聞こえない筈なのに……。


 「リーンってば、痛いし怖いと思うのにとっても嬉しそうなの!」


 「ふむ、そうでございましたか……」


 ロノバンは、ふそりとしながらわたしのカップにミルクを注ぐ。


 「お嬢様、わたくしが以前躾について申し上げた事を覚ええておりますか?」

 「ええ、おぼえているわ! 躾には痛いことも嫌なことも必要なんでしょ?」


 わたしは、この前ロノバンに教えてもらった事を繰り返して言ってみた。


 「はい、その通りでございます」


 ロノバンはお髭をふそりとする。


 「でも、どういしてリーンは楽しそうな? わたし何を間違えたのかしら?」


 「そうですね……お嬢様は間違えてはいません、只与え方を誤ったのです」


 「与え方?」


 首をかしげるわたしに、ロノバンがふそりと笑う。


 「失礼ながら、お嬢様はリーンにルゥと同じ様に罰をお与えになったご様子」


 「ええ、そうね」


 「それが間違いなのです!」


 え?


 どいうことだろう?


 「苦痛・快感・不快感・喜び・悲しみ……数多あるそれらは、受け手によって違うという事です」


 「うう、むつかしいよぉ~」


  頭を抱えたわたしに、ロノバンがおひげをふそりとする。


 「つまり、リーンの苦痛とルゥの苦痛は違うのでございます」


 「ふぇ? どういうこと?」


 「申し上げにくいのですが……リーンはお嬢様を心の底からそれはそれは憚られる程に『愛して』おります。 が、方やルゥはまだその域には達しておりません」


 「……それって、ルゥよりリーンのほうがわたしの事が好きってことなの?」


 「はい、大変残念な事に」


 ロノバンは、ふんと鼻を鳴らす。


 わたしは、それを聞いてちょっとションボリした。


 リーンの事は好きよ……でも、まだルゥに好かれてないってあんなにはっきり言われたら何だか涙が出ちゃう。


 「つまりは、リーンにとってお嬢様から賜る物は全てそれこそ鞭で打たれようが目を塞がれようが例え潰されたとしてもご褒美のような物なのです」


 「え!? それじゃ、わたし悪い事したリーンをよろこばせいて?」



 そんな! 


 それじゃ、ちっとも罰になってなかったのね!


 もう!


 リーンの悪い子!!


 「はぁ……わたし『ごしゅじんさま』失格ね……」


 「いいえ、お嬢様! これは極めて特殊な事態ですのでお気になさらず」


 「でも、リーンったらちっとも反省なんてしていないんでしょう? もう! どうしたらリーンを反省させる事が出来るのかしら?」


 悩むわたしをロノバンは、お髭をふそふそしながら見てる。


 ううう~考えろって事なのね!



 「……あ、そうか!」


 「お分かりになりましたか?」



 わたしは、にっこりわらって転がってるリーンにかけよる。


 そうよ、リーンにとってわたしがご褒美なら取り上げればいいんだ!

 

 リーンの頭から被せていた皮のふくろを取ると、目隠しをして耳栓とお口に布を詰め込んだ顔がごろんってする。


 そういえば、あんまり嬉しそうに笑うからお口も塞いだんだっけ……。


 でも、コレできっと反省するんだから!


 「う"う"?」


 わたしは、耳栓を抜いて顔をあかくして嬉しそうなリーンの耳にそっと口を近づけた。

 

 「これから、いいっていうまでリーンはわたしに近づくの禁止」


 すると、赤かったリーンの顔が青く……ううん、もの凄く白くなる!


 「おやおや、効果はてきめんのようですね」


 なんだか、ロノバンがとても楽しそうに言う。


 シュワシュワ~……。


 あ、リーンったらカタカタ震えたと思ったらまたぁ?


 「うーううー!!」


 リーンは、メイド服のスカートをビチャビチャにしながらいやいやする。


 もう!


 リーンってば、お漏らしさんなんだから!

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 2がつ12にち



 ルゥに嫌われちゃった。



 「う"う"う"う"う"う"う"!」

 


 「ルゥ……」



 やっとあえたのに。



 ロノバンがちょっとだけなら、会ってもいいって言ったの。


 だから、走ってきたの。


 でも、でも……ルゥは、わたしになんか会いたくなかったんだ!



 地下室に下りてきたわたしを見たとたん、ルゥはずっと隅っこで唸ってる…触らせてもくれないの。


 やだよ……。


 そんな目しないでぎゅってさせてよ……。


 髪もかぴかぴだし、おしりもよごれてるよ?



 「ぐう"う"う"う"う"!!!」



 ちょっとでも近づこうとしたら、歯もないのにギッてして!



 わたし、アナタの『ごしゅじんさま』なのに!



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 2がつ13にち



 パパなんかだいっきらい!




 パパからお手紙とおおきなダンボールが届いた。



 『可愛いパパの天使さんへ


  ごめんね。

  

  パパは、どうしても寄るところが出来てしまったからバレンタインには間に合いそうにありません。


  帰りは2・3日遅れてしまうけど先に、お土産を送っておくよ。

                               パパより』



 パパは、いつもそう……お仕事ばっかり!


 わたしは、お土産のはこをけっとばしてお手紙をやぶいてすてた。



 ……パパなんか、だいっきらい!


 その日、わたしは自分のお部屋から一歩もでなかった。



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 2がつ14にち


 St. Valentine's day



 ルゥが、ギッてしてわたしを睨む。


 きらいだって、そんな風にみ……ううん。


 きらいなの……ルゥはわたしの事がだいきらいなのよ。


 

 「どうして……?」



 わたしは、クリスマスにルゥが箱の中から出てきてとても嬉しかったのに。


 その黒い目も、髪も短いおてても、足も全部だいすきなのに。


 ルゥの為ならなんだってしてあげたいのに。


 こんなにこんなに、だいすきなのにどうして分かってくれないの?


 

 パパにもらったピンクの鞭が、真っ赤になちゃった。


 だって、ルゥは悪い子じゃない!


 だいすきなのに!


 だいすきなのに!


 どうして分からないの?


 どうしてお前までわたしを置いていくの?



 手がもげちゃうんじゃないかと思うくらいに、いっぱいっぱいルゥを叩いた。


 呻っていたルゥがぐったり動かなくなって、わたしはやっとぎゅってする事ができる。


 あったかい……。



 「わた こんなっ うわぁぁぁぁぁぁん!」



 こんなの駄目!


 足りないよ……胸の中にルゥへの『だいすき』がいっぱい残ってる!


 コレを伝えるにはどうしたらいいの?



 「う"う"……」


 大声で泣くわたしのゆるんだ腕からルゥが体をおこして、片方の短いおててを上げてなにかしようとしたけど出来なかったみたいで少し顔をしかめてからコツンと自分の額をわたしの額にあてじっと目をみた。


 「ルゥ……?」



 怒っているのとも違う、何かを伝えようとしている目。




 「なぐさめてくれるの?」



 ルゥ。


 わたしの可愛い『だるま』。



 だいすきで、だいすきで、いっぱい叩いてもぎゅーてしても足りないの!


 胸がいっぱいで、パンクしちゃうよぉ!



 「ねぇ、ねぇ、コレをお前に伝えるにはどうしたらいいの……? グジュ 教えてよルゥ……ヒック」



 ああ、もっとルゥをいっぱいいっぱいわたしのモノにしたい_______そう思った。



 かぷっ。



 「ふっ!?」


 

 ぺろぺろぴちゃぴちゃ。



 「う"っぶっ!? え"ぁ!??」



 びっくりしたルゥが、そのまま背中から床に倒れて頭をぶつけちゃったけどもわたしはルゥの上に乗ったままぺろぺろする。



 「……ルゥ」


 「えぶっ! けふっ! けふっ!」



 ルゥは、咳き込みながら真っ赤な顔で涎でべちゃべちゃになったお口をあうあうさせて目を大きく開けてわたしをみた。




 「知ってる? コレは、『特別なキス』なの」



 ほっぺを両手でむにってしたらルゥは、いっぱい汗をかいて真っ黒な目をぱちぱちしてどんどん顔を赤くする……可愛い。



 「リーンがね、こういうキスは自分にとって一番大事な人にする特別なものって言ってたの……ルゥはねわたしにとって一番大事な『だるま』だからしたの」



 ぴくりとも動かないルゥをぎゅーってする。



 ルゥの心臓が、ものずごくドクドクしてる……びっくりさせ過ぎちゃったのかなぁ?



 「ルゥ、だぁいあいすき……だからルゥもいつかわたしの事すきになってね」




 もう一度キスをしたら、ルゥは苦しそうに息をした。




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 2がつ15にち


 

 お医者さんの来る日。



 三ヶ月に一回、お屋敷にはお医者さんがくる。


 みんなが健康でいられるようにって、パパが呼んでるの。


 

 でも、わたしこの日が何よりもきらい!


 だって、血を採るんだよ!?



 あの注射器で腕を刺すの!


 

 わたし、注射が嫌いなの!


 恐いの!


 だから……!



 「お嬢様! 何処においでですか? 後はお嬢様だけでですよ? 先生を困らせないで下さい!」



 ロノバンがわたしを探す……いや!


 絶対に注射なんてしないんだから!



 わたしは、キッチンの扉からそっと顔を出す。


 ……もう、行ったよね?



 「ふう、つぎは_____」



 コツッ。



 そーっとキッチンを出ようとしたら、すぐそばで音がしてわたしはふりかえる。



 「みーつけた♪」



 「あう……メンフィス先生」



 白衣姿のメンフィス先生は、赤毛の髪をうしろでたばねてヘーゼルの目を細めると真っ赤な唇でニッとする。



 「も~だめじゃない♪ 毎回逃げて~ちょとザクッとしてチューってするだけでしょ♪ ほら、いらしゃい♪」



 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 わたしは、こっちにぬって差し出されれる手をふりきってキッチンから飛び出す!



 ガチャン! バタン!



 「はぁ! はぁ! はぁ!」



 大急ぎで、地下室に飛び込んで鍵をかけて電気のスイッチも入れないでまっくらな階段を駆け下りる!




 むぎゅ!



 「ぐ!!」


 「きゃあ!?」



 丁度、階段の最後の段を踏もうとしたら足のうらがぐにっとしてそのまま転んじゃったけど全然痛くない。



 「ルゥ? ルゥなの?」


 

 まっくらで何も見えないけど、暖かくてすべすべしてる。


 わたしったら、ルゥの上にころんじゃったんだ!



 「ぐぐぐ……」


 「ごめんねっ! すぐに_____」



 ドンドン!



 階段の上のドアが外から叩かれる!



 「サシャちゃん~♪ あ・け・て・♪ って、開けるわけないよね♪」

 



 カシャン!



 え? なんで?



 ドアがギギギって開く……ちゃんと鍵かけたのに!?



 「ふふ~ん♪ ス♪ペ♪ア♪ ロノに鍵借りたの♪」


 「きゃぁ! きゃぁ! やぁぁぁぁぁ!!!」



 コツコツとハイヒールをならして、メンフィス先生が階段をおりてくる!

 


 わたしは、ルゥの上からとびのいて奥へ逃げた!



 「あん♪ もう、暗いなぁ~これだっけ?」



 メンフィス先生は、バチンとスイッチを入れる。



 電気がついて、地下室が明るくなった。



 「さぁ~観念して~♪ おや?」



 メンフィス先生が、ルゥをみて首を傾げる。



 「んう? もしかして、君_____ま、いっか♪」



 メンフィス先生は、手に持ってた小さな黒い皮のブリーフケースを開けて注射器と試験管を取り出す。



 「やぁ! 注射やだぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 その時、悲鳴を上げたわたしの前にルゥがやってきてメンフィス先生に向ってうなり声を上げた!



 「おや? やっぱり、やっぱり君マーケットにいた子だね♪ 私のこと覚えてたんだ~うれしいねぇ♪」



 メンフィス先生は、真っ赤な唇をニッとさせる。



 まーけっと? まーけっとってなに?



 「もしかして、私がサシャちゃんを君と同じにすると思ってる♪ ないない~あの人の愛娘には手出しないよ~個人的には欲しいけどね♪」



 そういって、メンフィス先生は注射器を持っておくの壁で震えてるわたしに近づいてくる!



 ドン!



 ルゥが、メンフィス先生に体当たりした!




 「______っと、あぶないねぇ♪」



 少しだけよろけたメンフィス先生は、ニッとしたまま履いていたハイヒールの尖ったかかとでルゥの背中を思いっきりふんずける!




 ぶつん!



 「がぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁ!!!」



 「きゃぁぁ! やめて! やめてよぉぉ!!!」



 昨日わたしが叩いて赤い筋のいっぱいついてる背中に、踵が刺さって血がいっぱい出てるのにメンフィス先生はニッてしながらグリグリするの!



 「ぎゅああああ! ぎゃぁぁぁぁ!!」



 「うふふ♪」


 楽しそうなメンフィス先生、わたしは駆け寄ってルゥの背中からハイヒールの足をどけようと引っ張る!



 「やめて! お願い! ルゥは悪く無いの!」


 「そぉよ♪ だれの所為でこんなになってると思う♪」



 ヘーゼルの目がニコニコ聞いてくる。



 「あう……」


 わたしの所為だ……注射から逃げてルゥところに来ちゃったから……!



 ぐりっ!



 「ぎゃう!!」


 「きゃぁ! ごめんなさい! もう逃げないから! 注射……ちゅうしゃするからもうルゥをふまないでぇ!!」



 『うんうん、はじめからそうすれば良かったんだよ♪』っと、メンフィス先生はいってヌボッてルゥの背中から足を退ける。

 


 「ルゥ!  ルゥ! ごめんねっごねんねっ!」 


 「ぐうううう……」



 わたしは、スカートで血のいっぱい出てるルゥの背中を押さえた。



 「きゃぁ♪ 何コレ萌える♪ 可愛い君達、かーわーいーいー♪ 何がどうしたらそうなるの??♪ バナナはお人好しって聞いてけど君ってそんな事になちゃってるのに……馬鹿?♪ やん♪ 欲しい! 二人セットで♪」


 

 「____そこまででございます」


 なんだが、くねくねしていたメンフィス先生の後ろからロノバンが怒ったような声がする。



 「あー……お嬢様がやっと採血して下さる気になったんだからいいじゃん♪ ナイフを下ろしてよロノ♪」



 メンフィス先生はニコニコしてロノバンに言った。






 プツ!




 「う……!」


 「あらん♪ やっぱり血管みえないなぁ♪ もいっかい♪ 今度は反対の腕でいってみょうか♪」



 いたい。


 いたいよぉ……これだから血を抜くのはいや……いつも両手が青くはれるんだもの。



 「ふっ! ふっ! ぐぅぅ!! がぁぁぁ!!!」



 ロノバンにチェーンを着けられたルゥが、首がもげちゃうんじゃないかってくらい暴れてる。


 「ふふ♪ ほんと、サシャちゃん凄いね♪ それともあの子がイカレてるのかな♪」


 「グジュ ふえ?」



 あんなに必死なルゥ初めて……何をそんなに?



 「う~ん♪ 今度は手の甲からいってみようか♪」



 ううう~。


 まーけっとって何だろうとか、ルゥと同じにするってどういう事だろうって思ったけど腕のあちこちにグサグサ注射の針を刺されて痛くて恐くて……!



 あ。



 わたし……。




 「あら♪ 痛い? でもしょうがないよ血管みえないもん♪」


 

 涙がぽろぽろしたわたしをみて、メンフィス先生がニコニコして針をグリッってした。


 ビリッって痛かったけど、それよりもやっぱりルゥに酷いことしてばっかりだって気が付いてそっちのほうがすごく痛かったの。



 ごめんね、わたしやっぱり『ごしゅじんさま』失格よね。


 

 ぎゃあぎゃあ喚くルゥを振り返ったら、わたしを見て真っ青な顔をして今度は歯茎でチェーンに咬みつく。



 やっと集まったわたしの血をもってメンフィス先生が帰った頃には、ルゥの口の中はズタズタになっていた。





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 2がつ16にち



 ちょこれーと。




 パパが帰ってきた。


 けれど、わたしはお出迎えなんかしないんだから!


 バレンタインには帰るっていったのに、約束守らないパパなんか知らない!


 地下室で、ルゥのおしりを拭いて傷の包帯をとりかえて……わたしいそがしいの!


 だから、そんな風にこっちをみても口なんか利いてあげないんだから!


 パパったら、さっきから階段のところから黙ってにこにこしながらじっとこっちを見てるのよ!


 もう!


 わたし怒ってるんだもん!


 ぷいってそっぽむいたら、パパは溜め息をついて階段を上がって出て行く。


 ふっ、ふん!


 パパが悪いんだもん!


 

 「?」


 さっきまでパパのいた階段の手すりのところに何かがキラリと光る。


 何だろうと思って近づくとそれは、金色のリボンのついた小さな箱だった。


 「そろそろ、旦那様をお許しになっては?」


 

 箱を見ていると、階段の上のほうからロノバンの声がする。


 オートミールのお皿をトレーに乗せてもってきたロノバンは、階段を下りて私そばを通り過ぎて包帯を取り替えたばかりでぐったりしているルゥの顔の横にオートミールのお皿を置いてからちらりとわたしをみた。


 「ふん! パパがわるいんだもん!」


 ぷいって、そっぽをむいたわたしをロノバンがお髭をふそふそして見てる。


 「お嬢様、この度の旦那様はそれはもう鬼神の如しペースでお仕事を終えられ予定日にはお戻になる筈ですでした……。 ですが……ああ、運命は旦那様になんと過酷なのでしょう!」



 ロノバンは『ああ……』って言って、天井を見上げる。


 「なにがあったの?」


 「はい、旦那様はとある輩から屋敷とお嬢様を守るため戦いに赴かれたのです」


 「え!? それは悪い人なの?」


 「はい、その者は秘密にしなければならなかった事をよそに売り飛ばし多額の報酬を得ました……このままほって置けばもっと被害が拡大すると旦那様は自ら手を下されたのです」

 

 手すりのところにパパがおいた金色のリボンの箱を、ロノバンがわたしに渡す。


 「どうぞ開けて下さいませ」


 ロノバンに言われるまま、わたしはリボンを外して箱をあける。



 「ちょこれーと?」



 小さな箱には、ハート型のチョコレートは入っていた。


 

 「はい、バレンタインチョコレートにございます。 本来ならバレンタインデーにお渡ししたかったと思われますが……」


 バレンタインのちょこと聞いて、わたしはロノバンを見上げて首を傾げる。


 「あれ? バレンタインはちょこを渡す日だっけ?」


 「ああ、本来は違いますがお嬢様をお産みになった方の国ではバレンタインにはチョコレートを渡す風習があるそうなので恐らく旦那様はそうされたのかと存じます」



 ハート型の表面には『あいしてるパパの天使さん』ってかいてある。



 パパったら……。



 ロノバンは、『お夕食にはおもどりください』って言ってお髭をふそっとしてから階段を登って行く。


 そうよね、パパは悪い人と戦っていたんだもん許してあげなくちゃね……。


 わたしは、ハートのちょこをガリってする。


 あまい。


 「ねぇ、ルゥ! ルゥも一緒にたべよ!」


 パキッてして、ひとかけらルゥの口に入れたらなんだか眉をしわってちゃった。


 甘いの嫌いだったのかな?

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