St. Valentine's day

St. Valentine's day①

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 ここは真っ暗で、寒くて、じめじめしている。


 原因は、水はけの悪さだ。


 俺を洗った湯が完全には流れず、コンクリートむき出しの床のあちこちに水溜りを作るもんだから部屋中が絶えず湿気を帯び寒さも手伝って気温がさがる。


 多分、これでも暖房がかかっているのだろうが何も身に着けていない俺にとっては寒くて寒くて仕方が無い。


 申しわけ程度の薄手の毛布なんて、殆ど無いのと同じだ!


 一寸の光も差さない暗闇、目を開けようが閉じようがその景色は変わらない。


 不意に一筋の光が上へと続く階段をてらす。



 タッタッタッタッっと、聞きなれた足音が階段を駆け下りる。



 俺は壁を向く。


 バチンと、スイッチを入れる音とボイラーが呻り部屋中が明るく照らされ俺は目を閉じた。


 「Ru!」



 ああ、あの子が駆けて来る。


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 2がつ1にち


 ぷにぷにしてる!


 ルゥのおてて、もるっとしてさわるとぷにぷに~いつまでもさわっていたくなる。


 『ぱくっ』て、したらびっくりするかな?


 『ぱくっ』て、したいな~……。


 ぱくっ!


 「!!!?」



 ルゥが、ぎょっとする。


 なんだかマシュマロみたい……かみちぎっちゃいそう。


 ちゃんと洗ったから汚くないけど、ちぎっちゃったら痛いよね。


 噛んでたおててを離してあげると、ルゥは怯えた目でわたしをみあげる。


 だって、やってみたかったんだもん!


 ぷにぷにだよ?


 足のところがもっとぷにぷにが多そうだけどダメよ!


 今はやる事があるじゃない!


 わたしは、ピンクのクローゼットからパパからもらった鎖のリードを出してルゥの首輪につないだ。


 ルゥったらきょとんとしてる……かわいい!


 「えへへきょうはね、わたしの部屋でねようね!」



 昨日、ルゥはおぼれちゃったわたしを助けてくれたんだもん良い事をしたんだからご褒美をあげなくちゃ!


 ルゥは、クリスマスからずっと地下室にるからたまにはいいよね?


 リードを引っぱると、ルゥは『う"』と鳴いてよたよたしながらぺたぺた地面をあるく。


 「こっち、こっち、そうそう」


 わたしにリードを引っ張られながら、ルゥは一段一段んっしょんっしょって一生懸命に階段を上る。


 もうちょっとよ! 


 ルゥ! がんばって!


 「んうっ!!」

 

 ルゥはやっと、一番上の段に手をかけた。


 それを見てわたしは、扉をあける。


 うん、まっくら。


 だって、真夜中だもの仕方ないよね。


 ルゥをお部屋に連れて行くのは、みんなにはナイショだもの……言ったらきっとロノバンに怒られるわ!


 「おいで、こっちよ」


 怖がって動けないでいるルゥのリードを、無理矢理引っ張る!


 「う"う"!!」


 「しー……大丈夫よ! こわくないから! ほら! あれを見て!」



 ちょうど、お月さまの光がはいってぼんやりだけど廊下が明るくなたっ____。



 「ふうっっっ!?」


 ルゥ? どうしたの? 急に!?


 すくんで動かなかったルゥが、急によたよたしながら廊下へ出る!


 わたしは、リードを引っぱるルゥにちょっとびっくりしたけど一緒に廊下を歩く。


 ルゥは、きょろきょろしながらゆっくり廊下を歩いた。


 よかった!


 すごくうれしそう!


 わたしの部屋まではまた階段があったけど、ルゥはがんばってなんとか登る事ができた。


 「さ、入って! わたしのお部屋だよ~」


  わたしは、ドアをあけてパチンと電気をつける。


 ルゥは、ピンクのもこもこカーペットにちょっと警戒したみたいだけどリードを引っぱったら中にはいってくれたわ。


 ドアを閉めて、首輪からリードを外してあげるとルゥはもこもこカーペットの上を少し歩いたけどきゅうに歩くのを止めてその場にうつ伏せになっちゃった……どうしたのかしら?


 「どうし_____あ!」


 突き出したルゥのおててのもるっとしてぷにぷにしたところが赤くなってる。

 

 あ、そういえばロノバンがそこはやわらかくて直ぐに破けるっていってたのに……。


 「ミトンつければよかった……ごめんね、ルゥ」


 わたしは、うつぶせになったルゥを起しておすわりさせる。


 ああ、足のぷにぷにもまっ赤ね……。


 「ちょっと待ってね!」


 えっと……どこにやったかしら?


 わたしは、ベッドのとなりのドレッサーの引き出しを開けた。


 7歳の誕生日に、パパからもらったドレッサーの鏡に変な顔でこっちを見ているルゥが写ってる。


 うふふ、そんなに驚かなくてもいいのにね。


 「あった、あった!」


 引き出しの中からこの前に使った塗り薬と、あれから工夫してぬいなおしたミトンを出してルゥの所にもどる。


 「は~い、お薬ですよ~」


 カパッって開けて、ルゥの赤くなったおててと足にたっぷりぬってあげるとちょっと冷たかったのかルゥは小さく『う』っと言った。


 「ミトンもね!」


 おててと足にミトンをはかせてリボンを結ぶと、ルゥはピコピコとおててを振ってため息をつく。


 ふりふりの赤いリボン。


 とっても可愛いのに、あまり気に入らないみたいね……。


 遠くでボーンと時計の鳴る音がする……大変もうこんな時間!?


 「早く寝なきゃ!」


 わたしは、ルゥをだっこしようと手を脇に回したんだけど___。


 「ふ? んう!?」


 「きゃ! ルゥ暴れないの! ベッドに上がって! ほら! ~~んしょ!」



 ルゥったら、急に暴れるんだもん手が滑ってベッドに顔からつっ込んじゃった!



 きのこの形をしたベッドライトを点けてからお部屋の電気を消すと、お部屋がきのこのかさのオレンジ色になる。


 ポカンとしてベッドの端にへばりついているルゥ。


 思ったとおり、ルゥならわたしの子供用のベッドにもぴったりおさまるね!


 わたしが、もそもそベッドに入るとルゥはとてもいやそうな顔をしてぷいって壁の方を向いちゃった。


 なによ、もう!


 ルゥのばか!


 ルゥってば、ぜんぜんこっちを向いてくれないけれど背中に抱きついてみたらとてもあったか。


 一人だとなかなか温まらない毛布もルゥといっしょならすぐあったかになってわたしはだんだん眠くなる。


 あ……ルゥ……髪……伸びてきたね……?


 もっとのびたら……わたしのリボンつけてあげ……る ね……。

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 2がつ2にち


 ルゥなんかだいっきらい!




 コンコンコン。


 「お嬢様、朝食のご用意が出来ております……お嬢様?」


 リーンの声でわたしは目をさました!


 大変!


 早起きしてルゥを地下室に戻すつもりだったのに!


 コンコンコン。


 「お嬢様? どうかなされましたか?」


 「大丈夫! いまおきたの、すぐおりるから!」


 わたしがそういうと、リーンは『かしこまりました』と言って階段を降りていったのが足音でわかった。


 は~あぶなかった……。


 見つかっちゃたら、きっと怒られちゃうもん……。


 ルゥは、わたしが飛び起きたからちょっとびっくりした顔をしてる。


 あれ?


 うふふ……もう、ルゥったら!


 「すごい寝癖~」


 わたしは、ルゥの髪をブラシで良くとかしてからそっと部屋のドアををあける。


 「し~! し~だよ! ルゥ_____」


 「何が『し~』ですか?」


 頭のうえから、聞き覚えのある低い声がぴしゃりと言う。


 「あう……ロノバン……」


 見上げると、いつもの白いコックコートに腰にエプロンをまいたロノバンが腕を組んで髭を不機嫌そうにふそりとしている。


 「はぁ……お嬢様、もしやルゥをお部屋に?」


 ロノバンは、ため息をついてやれやれと頭をかかえた。


 「だって……」


 「『だって』もヘチマもありません! 宜しいですか? お嬢様はルゥの『ご主人様』なのですよ? 主とは常に上に立たねばなりません! ルゥが可愛いのは分かりますが、ちゃんと節度をもって接しないといつまでもルゥはお嬢様を舐めたままですよ?」


 「そんな事ないもん! だってルゥはわたしのこと_______」


 パリン!


 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然、下のほうで何かが割れる音とリーンの叫び声がした!


 ロノバンが、『お嬢様は此方でおまちください』って言って急ぎ足で階段を下りていく。


 「はぁ……びっくりしたねルゥ_______あれ?」



 振り返ってみたけど足元にいたルゥの姿がどこにも見えない……お部屋もベッドの下も見てみたけどどこにもいないの!



 え?


 何で?



 背中がきゅうって冷たくなる……ああ……わたし、ルゥにリードをつけてなかった______。



 わたしは、階段を急いでかけおりる!



 「リーン!」



 階段をおりると、廊下の向こうでリーンがスコップをもってへたり込んでるのがみえた!


 「お、お嬢様!」


 「ねぇ! リーン! ルゥ! ルゥを見なかった!?」


 かけよると、リーンは目をうるうるさせながら『申し訳ございません』って!


  「いきなりっ! いきなりだったんです!ポーチの雪かきを終えて、戻ってまいりましたら、あの、あの生き物がドアの前にいて体当たりしてきて……!」


 リーンは、震えながら扉を指差した。


 「あ。 ああ……なんてこと!」


 ルゥは、『外』にでてしまったんだわ!


 「お嬢様!? お待ち下さい! 今、ロノバンとケリガーが_____」


 リーンの声なんて聞こえない! 


 わたしは、扉を開けて外に飛び出した!



 「ルゥ! ルゥ!!」



 どんなに大声で呼んでもルゥの姿は、雪が積もって真っ白になったお庭のどこにも見つけられない!



 何処!? 何処なの!? ルゥ!


 「あ!」


 わたしは、雪の中に赤い物をみつけて裸足のまま雪の上に飛び降りた!



 リボン……これ、ルゥのミトンのリボンだ……!


 良く見ると、リボンの落ちてたところからまるで何かが通ったみたいにつもった雪がへこんでる。


 「ルゥ……!」


 わたしは、裸足のままへこんだ雪のあとをおいかける!


 どうして?

    どうしてなの?


 「ふっ うう……」



 悲しくて悲しくて、ぽろぽろ涙があふれてきた。


 ルゥは……ルゥは……そんなにわたしがキライ?


 最近いい子にしてたのは、こうやって逃げる為?


 昨日、だきついてみた背中とってもあったかだったのに……。


 あとをたどって一生懸命はしる。


 ああもう!


 どうしてお庭はこんなに広いの!!


 雪の上を裸足で走るから、足がもう痛いくらいにつめたい。


 それに薄いネグリジェしかきていないからものすごく寒いけどそんなのどうでもいいくらい悲しくてさびしい。


 ねぇ、ルゥ! わたし、がんばったよ……?


 「あ…!」


 少し盛り上がった雪の向こう!


 チェリーブロッサムのところ!


 いた!


 「ルゥーーーーーーーーーーーー!!!」


 わたしの声を聞いてルゥは、振り向きもしないでもがくように手足をうごかして逃げようとする!!


 いや!


 行かないで!


 「お嬢様!!! そこは_______」


 後ろから、慌てたようなロノバンの声がした。



 ピッシッ!


 足をおいたところから変なおとがす______バリン!




 覚えているのは、冷たい感触と何かにあたまをぶつけたことと振り返ったルゥと目があったこと______。







 「______さま_______お嬢様ぁぁぁ!!!」



 う……?


 耳もとでリーンの声がして目を開けると、そこはわたしのお部屋だった。


 「ああああ、よかった! もう、お目覚めにならないかと……ぐじゅっ……うええええええん!!」


 リーンが、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしている。


 「りー……くしゅん!」


 「ああ、いけません! 横になってください! お嬢様は池に落ちて頭を氷にぶつけたのですよ! 安静になさって!」


 起きようとしたわたしを、リーンが無理やりベッドにねかせる。


 「池?」


 「はい、旦那様が鯉をかっている池ですよぉ……雪と表面に張った氷で境目がわからなくなっていてお嬢様はそこに_____」


 そうなんだ……。


 だからこんなに体が冷たくておでこがふくれているのね……。


 「リーン」


 「はい、お嬢様! ココアをお持ちしますか?」


 目をうるうるさせながら、リーンが微笑む。



 「ルゥはドコ?」


 「えっと……アレでしたら地下室に_____おっお嬢様?」


 わたしはベッドから起き上がって、ドレッサーの上においてあった鎖のリードを掴んでお部屋からでる。


 「そんなお体で! 今は休まれて下さい!」


 ついて来たリーンの事なんか無視して、わたしは地下室のカギを開けて階段をおりる。

 電気が点けっぱなしになってるわ……ロノバンかしら?


 階段をおりると、ルゥは部屋の隅のいつもの場所でおすわりしてこっちを見て……………わらったようなかおをした。




 ヒュン!

   バチン!



 おすわりしていたルゥが、床にたおれる。



 「お、お嬢様!?」


 チャリン!



  ヒュン!  

      バチン! 


 ビシッ!        ビチャ!




 「ゆるさない……ゆるさないんだからっ!!」



 鎖のリードが真っ赤になってもルゥは鳴き声をあげない。


 手がつかれてきた。


 ルゥは逃げようとした。


 ルゥはわたしをおいていこうとした。


 ルゥは鳴かない、悪い事をしたなんて思ってない。


 

 分からないんじゃない…知ってて分かっててやったんだ!



 ビチャ!



 床にルゥの血が広がる。



 「だいきらい……! ルゥなんか大嫌い! そんなにお外がよければお外にいればいいのよ!」




 バチン!








 どうして……?



 わたしは、自分のベッドであたまからすっぽり毛布をかぶって丸まった。



 コンコン。


 ガチャリとお部屋のドアが開く。


 「お嬢様、ココアをお持ちしました……体を温めて下さい……」


 カタンと、ベッドの横の小さなサイドテーブルにリーンがココアを置いたのが分る。


 「あああ、お可哀想なお嬢様! あんなに頑張って躾けてらしたのに! あの生き物には伝わないばかりか、こんなこんな酷い仕打ちを!!」


 リーンが、丸まったわたしを毛布の上からぎゅってする。


 「お嬢様! リーンはお嬢様をこんなにも苦しめるあの生き物が嫌いです! お嬢様はもう十分に頑張ったではないですか? もう宜しいじゃないですか?」


 毛布のうえからリーンの手がさすさすする。


 「あんな聞き分けのないモノは捨ててしまって、『新しいルゥ』をお迎えになられては?」


 ……あたらしいルゥ?


 「それこそ、サンタクロースを待たなくても旦那様にお願いすればきっとすぐです! そうです! それが宜しいですわ!」


 リーンはそう言って、ぎゅーってするからちょっと苦しい。


 「今度は、犬……いえ、猫なんていかがでしょう? それとも前の『ルゥ』と同じ黒いラブラドール……なんならいっそ、モモンガでも!」


 モモンガって何だろう? って思ったけど、それよりもリーンったらあんまりぎゅうぎゅうするからもう苦しくってわたしは毛布から顔を出した。


 「あああ……お可哀想に、こんなに泣き腫らして……折角の麗しいお顔が______」


 メイド服のポケットから取り出したナプキンで、リーンがわたしのかおをそっと拭く。


 「お嬢様! 元気を出してください! そうだ!おまじないをしましよう!」


 リーンはそういって、わたしのほっぺに手を添えてキスをしてくれたんだけど……。


 「どうですか?」


 「なんかお口の中がぬるぬるする……なんでお口のなかをなめたの?」


 リーンはにっこりわらう。


 「コレは、『特別なキス』です」


 「とくべつ?」


 「はい、こういうキスは自分にとって一番大事な人にする特別なものです。 このリーンにとって何よりも大事なのはお嬢様ですから……出来ればお嬢様にも……きゃ! やだっ! おこがましい事を!」


 顔をまっかにしてリーンはベッドの上でもじもじする……わたしの事がすきなのね。


 「わたしも、リーンの事はすきよ?」


 「はう! お嬢様……!」


 また、リーンが毛布ごとわたしをぎゅーってする。


 「おっおっお嬢様っ! もう一度________」


 

 「そこまでです、その汚らわしい腕をお嬢様から放しなさい!」


 リーンの胸にかおがうまって見えないけど、この声はロノバンね。


 『チッ!』って、言ってリーンはわたしをやっとはなしてくれた。


 「この、腐れコック……」

 「お黙りなさい! この、ペドフィリア! メイド長の遺言が無ければこの場で八つ裂きです……次はありませんよ?」


 ロノバンにギロリと睨まれて、リーンはお部屋を出ていった。


 「はぁ……お嬢様……コレからはリーンとは二人きりになられませぬように」


 「う うん」


 いつもより低い声でうなりながらロノバンはため息を付いて頭を抱えてる……ペドフィリアってなんだろう?


 「……どうぞ、ミルクティーをお持ちしました」


 ロノバンは、手に持っていたトレイからティーセットをベッドのサイドテーブルに置こうとしてちょっと動きがとまった。


 「コレは、リーンが?」


 「うん、ココアもってきてくれたんだけど、まだ飲んでないの」


 カップを掴んだロノバンは、ココアの匂いをかいで『飲まなくて正解でございます』って言ってミルクティーとこうたいする。


 体がとても冷たかったから、わたしはすぐにミルクティーを飲んだ。


 ロノバンの入れてくれたミルクティーは、丁度いい温度でやっぱり美味しい。


 カチャン。


 「………」


 「お嬢様?」


 ぽろぽろ涙があふれてきたわたしを、ロノバンが床に膝を着いて顔をのぞく。



 「きらいよ……ルゥなんか、大嫌い……!」


 「さようですか」


 「わっ わたしっ! がんばったよ? でも、ルゥはちっともわかってくれないのっ!」


 「では、どうなさいますか?」


 ロノバンは、いつものようにピシャリといった。


 どうする? ときかれて、さっきリーンがいっていた事を思い出す。


 『あんな聞き分けのないモノは捨ててしまって、新しいルゥをお迎えになられては?』

 

 あたらしいルゥをもらう……?



 でも、でも!


 ルゥが始めてこの屋敷に『戻ってきた』日からのことが頭にうかんだ。


 黒い箱から転がり出てきたルゥ。


 はじめて、ミルクをのんでくれたルゥ。


 お風呂にいれて死にそうになったルゥ。


 うんちしてもおしりをふかせてくれないルゥ。


 哺乳瓶をちゅうちゅうしていたルゥ。


 ねている顔がすごくわいくてほっぺがむにむにしているルゥ。


 いつも不機嫌そうな顔をしているけど、キスをすると変な顔をするルゥ。



 ……そして……ああ、そうよ。



 ルゥは、ルゥは、バスタブに落ちておぼれそうになったわたしを助けてくれた______!



 「どうなさいますか? お望みなら旦那様に____」


 「ダメ! ダメよ! それだけはダメ!!!!」



 ぶんぶん首をふるわたしに、ロノバンは少しほっとしたように髭をふそりとした。


 「_____安心しました。 それでこそエステバン家を継がれるお方です」


 ロノバンが、目をほそめて髭をふそふそする。



 「主従関係は、一朝一夕に培われるものではありません……時間をかけ相手を愛し理解しそして、その相手からも同じように愛されねばなりません。 もし、この程度の事でルゥを手放すなどと仰っていたならこのロノバン・グノーシスお嬢様を見限っていたでしょう」


 ロノバンは、膝をついたままふかくあたまを下げた。


 「改めて、お嬢様にお使え申上げます」

 「ロノバン! 頭をあげて!」


 少しだけ……ほんの少しだけ『あたらしいルゥ』に心がゆらいじゃてたから、わたしとても恥ずかしい!!!


 「……お嬢様」


 「なっ なにロノバン?」


 「コレは、本来お嬢様がご自分で気付くべき事なのですが……」


 ロノバンが、顔を上げてじっとわたしを見る。


 「お嬢様は、池に落ちました」


 「ええ、そうみたいね……?」


 「では、何故いまこうしてベッドの上にいらっしゃるのでしょうか?」


 え?


 ロノバンは何が言いたいんだろう?


 「すぐ後ろから声がしたもの……ロノバンが助けてくれたのよね?」


 「いいえ」


 ロノバンは、首を振る。


 「じゃぁ、ケリガー? それともリーン?」


 「いいえ。 お嬢様が落ちた所の氷は大変薄くなっておりました、わたくしやケリガー女性で体重の軽いリーンでも近づけません」


 そんな……それじゃぁ……!


  「ルゥでございます。 もうすぐ門に迫ろうとしていたルゥが立ち戻って、お嬢様を助けました。 幸いルゥは我々よりも軽く氷を割る心配はありませんしお嬢様も胸から上は氷上に出ておりましたのでネグリジェの襟首を咬み引きずったのです」 

 

 わたしは、心臓がとまりそうになった!


 膝を着いていたロノバンが立ち上がって、まどのカーテンをそっと引いた。


 いつの間にか外は雪がふっている。


 「お嬢様、もうすぐ日が暮れます」


 「あ……ああ……!」


 のどがカラカラ。


 「ルゥは、お嬢様を見捨てて逃げ出す事もできたのにそうはしませんでした。  きっと、このお屋敷のことは嫌いでもお嬢様のことは嫌いではかったのでしょう……」


 ロノバンのおひげがふそりとする。


 「さぁ、お嬢様お急ぎ下さい! 『だるま』には、犬や猫のような毛皮がありません。 それでなくとも、この寒さではあまりもちませんよ?」


 わたしは、ベッドから転がるように落ちてルゥみたいにハイハイしながらドアのほうへいく!


 ドアノブにつかまってやっと立って、急いであけようとするけど手が震えて上手くいかない!


 「お嬢様」


 ロノバンが、ふわりとコートをかけてくれた。


 ガチャ!


 ドアがあいてわたしは全力ではしって、階段を駆け下りて、廊下を抜けて外に飛び出す!


 ルゥ! ルゥ!


 ああ、どうしよう! わたし何てことを!



 すべってころんで、雪に倒れて膝が擦りむけたけどそんなのどうだっていい!


 ねぇ、ルゥ?


 あの時ね、わたしをみて笑ったのはわたしが無事だったから?


 雪の中を走って走って________。


 「ルゥ!!」


 見つけたのは、チェリーブロッサムの下で薄く雪をかぶってぴくりとも動かないルゥ。


 

 そんなっ!


 ルゥを抱きしめてみたけど、冷たい、冷たいの!


 「い や  ごめんなさい! ごめんなさい! だれか、だれか、たすけて!」


 いつもの罰のつもりだったの!


 こんな事になるなんて思わなかったの!


 着ていたコートをかけてあげて、ゆすっても、冷たいほっぺをたたいてもどんなに大きな声で呼んでも、目をあけてくれない……!


 「ふっ、ぐすっ、ルゥ! ルゥ____神様_______」


 「やれやれ、お嬢様……」


 すぐ後ろ方から、わたしのソリを引きすってきたロノバンがため息をついた。


 「ろっ ヒクッ、ろの ばっ?」


 「……泣き叫んでなんになります? 祈ってどうにかなると言うのですか? そんな暇があったら手を動かすのです!」


 ロノバンは、ピシャリといって地面に刺さったフックからルゥのリードを外して引きずってきたわたしの黄色いソリにコートに包まれて動かないルゥをドサリとのせた。


 「何をぼーっとしているのですか?」


 「ふえ?」


 どうしていいか分からなくてただ雪の中に立っていたわたしを見て、ロノバンがまたため息を付いた。


 「お嬢様……ルゥはまだ生きておりますよ?」

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