ぶつかり合う妖刀の衝撃は大地を震撼させた。陽は未だ高く在ったというのに、周囲の温度は夜を迎えたように低くなり、暗くなって行く。

 それは、関東〈魔界〉化による非業の死が故に成仏出来ず、地の奥底で今尚苦しむ死霊達の怨嗟が齎したものであった。まさに鬼哭啾啾きこくしゅうしゅう、剣に狂いし二人が揮う妖刀の激突は、死者の安眠さえも妨げるのか。


 凄まじい剣鬼同士の激突を前に、那由他はへたり込んだまま、必死に北斗を止めようと、いつしか泣き叫んでいた。


「北斗ぉ! あんたの剣は人を斬る為じゃない!

 人を守る為の剣だったじゃないのぉ!

 お願いだからそれ以上、心を失くして揮わないでぇ!」


 那由他の嘆きは届かない。

 紫間木は袈裟懸けに振り下ろされた北斗の『覇王殺し』を自分の妖刀で受け流と、北斗は少しバランスを失い、足許がもたついてしまう。

 紫間木はそれを見逃さず、透かさず前足払いをかける。北斗は妖刀を右手に握り締めたまま、仰向けに倒れてしまった。


「ははっ! 貰ったぁっ!!」


 子供の無邪気さに血の色を加えた不気味な笑顔をする紫間木は、倒れ込む北斗目掛けて突きを放つ。

 しかし紫間木の『覇王殺し』は、北斗が左手で突き出した朱塗りの鞘の鯉口に吸い込まれていた。

 北斗は刀で受け止めず、腰に下げていた自らの鞘を左手で握り締めると、紫間木の妖刀をアクロバットさながらに収めたのである。


「ちょ……一寸……待てよ、そりゃあ無ぇだろぉ……!?」


 愕然とする紫間木の口許から、生暖かい朱色が滴り落ちた。

 紫間木が少し身じろぐと、妖刀を受け止めた朱塗りの鞘の陰から、北斗が紫間木の胸へ疾らせていた『覇王殺し』の刀身が、鈍い光を放って現れた。


「糞ったれ……セコい真似しやがって……よぉ!」


 血を吐いて罵る紫間木は、身体の底から込み上げて来た激しい脱力感に、封じられた自らの妖刀を手放す。

 そして胸に刺さる北斗の妖刀の刀身を両手で握り締めて引き抜くと、もんどりを打つ様に横臥した。

 勝敗は決したにもかかわらず、永い沈黙が周囲を支配していた。

 いつの間にかあれほど辺りに立ち込めていた昏い冷気は消失しており、呪われし大地は陽光と静寂を取り戻していた。


 呆気ない結末に、那由他は両目を泣き腫らしたままぽかんとしていた。

 全ては、妖刀に魂を委ねて暴走していた様に見せかけていた北斗の芝居であった。

 起き上がった北斗は、自らの鞘に収めた紫間木の『覇王殺し』を一気に引き抜いて宙に放る。妖力を封じられ、只の鋼の塊同然となったその妖刀は、北斗が拾い上げた自分の妖刀で放った袈裟懸けの一閃で粉砕した。

 紫間木は怒相のまま絶命していた。

 北斗は刀を鞘に収め、紫間木の傍に歩み寄って屈み、見開かれたままのその瞼をそっと閉じさせた。


「紫間木。お前の剣は血に飢えた修羅の剣であったが、しかし『人斬りの剣』とは言えなかった。

 人を斬るのは所詮、人、なのさ。……道具に溺れた事が貴様の敗因だ」


 紫間木に哀れむ様な眼差しを呉れる北斗の呟きは、那由他には、うら哀しげに自戒している様に聞こえてならなかった。


「……済まんな、那由他。心配させた。――お前が俺を叱ってくれていたからこそ、勝てた」


 漸く自分へ振り向いてくれた北斗の笑顔には、霧吹きをかけられたかのように大量の汗がびっしりと浮かんでいた。妖刀に支配されるギリギリの所で北斗は闘っていたのであろう。

 那由他は微笑んで頭を振ると、激闘がもたらした疲労にふらつく北斗の身体に寄り添い支えた。


「お疲れ。……ね、どうして、辻斬りの犯人が横浜駅〔ここ〕に居ると思ったの?」


 すると北斗は、はにかみながら頬を掻いた。


「当てなんか無ぇ。俺の後を付けて来たお前さんの顔が浮かんだら、何故かここに足を運んでいただけだ」



 横浜駅〔ここ〕は、二人にとって如何なる場所であったか。



「ばーか」


 那由他は思わず頬を赤らめ、あかんべえしてみせた。


                完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狂刀伝 arm1475 @arm1475

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ