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ため息を吐いて訊く北斗を見て、那由他は察した。
「駄目よ北斗、奴の挑発に乗っちゃあっ!」
「他にこの俺に勝つ方法は無いぜ」
紫間木は肩を竦めてみせ、
「『覇王殺し』を揮う事は即ち、この妖刀に分け与える『気』の制御を自在にする事でもある。
それには、想像を絶する精神領域の修練を必要とする事を、夜摩、お前が一番良く判っているだろう。この俺でさえ、極める事は叶わなかった。
だが俺は、『気』を制御する方法以外で、簡単に妖刀を制御する術を発見した。
――実に簡単な事だよ。この妖刀が望む事をさせてやれば良いだけなのさ」
「望む事?」
那由他は訝った。その一方で北斗は全てを知っているかの様に、昏い貌で沈黙していた。
「単純な事さ。刀は肉を斬る為に創り出された。好きなだけ斬らせてやれば良いのさ。
剣の腕を磨く俺の目的と一致していたのが幸いして、俺は自我を失くさずに揮えるのさ。
佳いぜぇ、人の肉を斬る感触はよぉ」
舌舐めずりさえして答える紫間木の、何ともおぞましい笑みであろう。那由他は嫌悪感を露に為ずにいられなかった。
「……あんた、イカレてるわよ!」
「あぁ。俺はこの妖刀では無く、夜摩、お前に狂わされたのだぞっ!!」
憤怒して悪鬼の相と化した紫間木は北斗を指した。
昏い顔をする北斗は何も応えず、『覇王殺し』をゆっくりと青眼に構えた。
それを見て哄笑し始めた紫間木にはそれは充分な回答であった。
「今度こそ、貴様に打ち勝ってみせるぞっ!!」
「北斗っ! 挑発には絶対乗っちゃ駄目ぇ!」
那由他は必死になって北斗を引き止めようとする。しかし強敵を前にする北斗の耳にはそんな願いも届かず、『覇王殺し』を構えたまま、紫間木をじっと睨んで威嚇していた。
「させるか!」
焦る那由他は実力行使すべく、呪文の詠唱を始めた。
ところがそれを、北斗が制止した。疾風の如く薙いだ『覇王殺し』の剣圧が、那由他の足許で地面を炸裂させたのである。
驚いた那由他はその場に尻餅突いて、暫し呆然となった。
「……ほくとぉ?」
『……死ねぇぃ……紫間木ぃぃぃっ!!』
本当にそれが、那由他が良く知るあの物静かで優しい青年が発したものなのであろうか。彼女にはとても信じ難い、獣の咆哮の様な呻き声が北斗の口からふきあがった。
「はははっ! 貴様も、女より剣に狂う道を選んだな!それでこそ人斬りに相応しいぜ!!」
紫間木の哄笑が始まりであった。北斗は紫間木目掛けて突進し、虚空をも断たんとばかりに振り下ろす。
狂笑する紫間木は、その閃きを同じ色を以て余裕で受け止め、押し返しつつ逆に斬り掛かった。
北斗は紙一重でその一薙ぎを躱し、再び斬り掛かる。
暫し、その繰り返しであった。剣の腕は殆ど互角だった。
そして妖刀を揮う二人の貌は、次第に修羅の如き相を帯び始め、それに比例して妖刀は魂の玲瓏な青白さを思わせる煌めきを放ち始めていた。
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