「何処でその刀を手に入れた?」


 北斗は紫間木が腰に下げている、同じ朱塗りの鞘に収まった刀を警戒しているようだった。


「お前の持つ『覇王殺し』。そう簡単に手に入る物では無い」

「偶々紛れ込んだ妖魔の巣にあったのさ」


 肩を竦めてみせた紫間木は、おもむろに鞘から大刀を引き抜き、空に翳してみせた。


「水面に映えし月影を斬るばかりでなく、本体である月さえも、それを見て斬られたと錯覚させて二つに分けてしまうと恐れられる片刃の妖刀、『覇王殺し』。

 この関東に現れた妖魔の一部が、異世界より数振り持ち込んだらしいと聞いているぜ」


 陽光が映えて、ぎらり、と閃く片刃の刀身を、紫間木はうっとりとした眼差しで見つめながら言う。

 そんな紫間木を見て、北斗は舌打ちした。


「お前――『覇王殺しそれ』に魅入られたな」

「選ばれた、と言って欲しいな」


 紫間木は屈託の無い笑みを浮かべて、翳した『覇王殺し』を鞘に収めた。


「確かに、その刀は使い手を選ぶ。一太刀振るうたびに、使い手の生命エネルギーである『気』を喰らい始め、その見返りとして刃の切れ味を増す。

 だが、刀が吸収する『気』の量には際限が無く、使い手が『気』を制御する術を使えなかったら、刀の妖力を封じる絶対結界でもある『朱塗りの鞘』に収めぬ限り、使い手の保有する『気』は根こそぎ喰らわれ、死に至る危険な妖刀だ」

「『覇王殺し』が喰らう『気』は、何も使い手が持つものじゃなくてもいいのさ」

「それで、辻斬り、か」


 辻斬りの被害者達は皆、潤いを失くしたミイラと化していた。

 北斗が忌々しげに言うと、紫間木は失笑した。


「何を今さら。夜摩、お前だってこの関東で散々人を斬ってきただろ?」


 那由他はその綺麗な顔を顰めた。それは確かに事実である。

 但し北斗に斬り伏せられた者は、この〈魔界〉化した関東平野の暗黒面に引き込まれた者ばかりだった。

 ある者は妖魔と同化し、ある者は妖魔を利用して私欲に走り、多くの罪無き人々を苦しめた。

 北斗の『覇王殺し』は、邪な目的の為に鯉口を切られた事は一度足りとも無く、常に自らの魂を削って揮われていた。

 北斗は、その事実を自らを正当化する為の言い訳にはしなかった。

 どんな相手であれ、人を斬るたび、暫く無口になる北斗の姿を、那由他はこの五年間、幾度も見て来た。幼かった目にも判る、辛い姿であった。

 無意識に前髪を弄る那由他は、その場から飛び出して北斗を弁護したい衝動を堪え、もう暫く様子を見る事にした。まだ那由他は二人の関係を知らない。


「思い出すよなぁ。中学時代、剣道の全国大会で三年連続制覇したこの俺が、高校一年の時に初めて、貴様に敗れたんだっけな」


 言われて、北斗はその全国高校剣道大会の東京地区予選を振り返った。

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