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「北斗の奴、一人で見回る、何てゆってたけど――」
那由他は思い出した様に辺りをきょろきょろと不安そうに見回した。
「辻斬りの犯人を探すとかゆって一人で出回るモンだから、本当は、どっかの女と浮気してんじゃないかと気になって付いて来たけど……見込み違いだったかしら?」
那由他は、多くの〈魔導法士〉が纏う白い法衣の襟を右手で掴んで口許に寄せ、険しそうに目を細めて注意深く辺りを警戒した。
ここ数週間、横浜を中心に刀剣による通り魔が横行していた。
犯行を目撃した者が皆無で妖魔の犯行なのか特定出来ず、那由他の『魔導法』の師匠でもある横浜のリーダーから皆に単独行動は控えるよう警告されていた。
「本当、ここが五年前まで横浜駅だったなんて、見る陰も無いわね。
……そう言えば、北斗とはここで初めて逢ったんだっけ」
那由他は五年前のあの日、横浜駅で北斗と出会った。
あの大異変で那由他は母を失い、北斗の傍に寄り添った。
それは妖魔の中でも凶悪な部類に入る水妖であった。
小さいモノでも全長20メートル、確認された中では600メートルにも及ぶモノもいるという、蛇のような巨躯を持つ〈水面に潜みしもの〉。
ここ数日の行方不明者の続出が、下水道の中に隠れ潜み、隙をみて人を喰らっていたこの妖魔の仕業であることが判ると、人々は〈魔導法士〉の炎術系法術を主力とした攻撃による討伐計画を立て、北斗もそれに参加した。
水妖は予想を遙かに超えていた。
せいぜい1匹かと思われていたそれが、20匹以上も居たのである。
討伐隊は苦戦を強いられたが、北斗の鬼気迫る剣技に支えられ、辛うじて水妖の群れを対峙するコトに成功した。
「北斗、お疲れさん」
一息ついて地面にへたり込んでいる北斗に、討伐隊の仲間が笑顔で声をかけてきた。
「もうこんな無茶な闘いはごめんだよ」
「それはこちらのセリフだよ、北斗」
苦笑する討伐隊の仲間は、北斗の隣で死んだように眠り込んでいる那由他を指した。
「だいたい、そんな小さい娘連れて来るのも……」
〈魔導法士〉の類い希なる才を開花させ、最年少の討伐隊メンバーとして参加していた那由他は、剣を振るう北斗の後方で、その小さな身体のどこから沸き上がるのか凄まじい威力の法術で援護を続け、闘いが終わると力尽きてその場で寝てしまった。
北斗は小さな吐息をたてる那由他の、異邦人の父親譲りの綺麗な金髪をやさしく撫でながら、憮然とした面もちで首を振った。
「俺のそばから離れるのが嫌なんだと」
「でもなぁ、まだ那由坊は十二歳なんだぜ?」
すると北斗は苦笑した。
「家なんかより、ここが、一番落ち着くんだと」
そう答えて北斗は那由他が眠り込んでいる自分の隣を指した。
「そんなもんかねぇ」
那由他の前に立ち、次々と水妖を斬り伏せていく北斗の凄まじい形相を、討伐隊の仲間は闘いの中でみていた。
それは闘いの狂気に取り憑かれた貌ではない。
だから、仲間は苦笑混じりに言って頷いたのだ。
俺にも出来るのかねぇ、あんなふうに誰かを護ろうと一生懸命な、佳い顔が。
そんな佳い顔が出来る男の隣なら、こんな風に安心していられるのだろう。
そこは今でも那由他の心の落ち着ける居所であった。
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