関東〈魔界〉化のあの日、高校三年生になったばかりの北斗は、横浜で大異変に遭遇した。幼い頃に母を亡くし、被災一週間前に父も亡くしていた北斗は、父の親友が住む横浜の中華街に身を寄せていた。

 多くの人々からあらゆるものを奪い尽くした大異変の中で、その前に全てを無くしていた北斗は、皮肉にも守るべき者を得ていた。

 大異変で北斗が瓦礫の下敷きになるところを、那由他の母が自らの命を引き換えに救ってくれた。北斗はその恩に報いる為、〈魔界〉と化した関東で那由他の保護者となった。


 あれから五年。

 人々は過酷過ぎる逆境に適合していた。〈妖魔〉の群れを駆逐し、狭い世界での生活圏の多くを取り戻しつつあった。品川の地を取り戻したのは半年ほど前である。

 関東の〈魔界〉化以来着古してきた愛用の学生服は縫いつけた鎧の重みに擦れ、かなり綻んでいた。

 正直、北斗自身も学生服が似合う歳ではないとは思っていた。たった五年だが、気の遠くなるような五年だった。

 時の流れは北斗ばかりに与えられたわけではない。

 思春期を迎えた那由他は、周囲の者達からも思わず溜息が洩れるほど美しい少女へと成長していた。

 ずうっと一緒にいる北斗だけが、その可憐なるメタモルフォーゼをほとんど意識していなかった。

 余りにも身近すぎて実感が沸かないのだろうか。それでも時おりではあるが、そんな少女の横顔に、あの美しかった那由他の母の面影を見ることもあった。

 父の古くからの知人であった那由他の母は、北斗にとって、初恋の相手でもあった。

 その那由他が、自分に思慕の情を抱いている事を、北斗も薄々気付いていた。

 那由他との年齢差は特に気にする程でも無い。

 しかし北斗は、今まで保護者的立場で那由他と暮らして来た為に、妹の様な存在としか思っていなかった。

 そんな存在にすぎなかった彼女が美しく成長するに従って、かつての想い人の面影が去来するたび、北斗は不意に沸き上がる理解し難い感情に戸惑っていた。

 そうしてあやふやな気持ちのまま、今も彼女の想いに応えられずにいたのであった。


「やれやれ」


 呆れ顔をする北斗が振り返ったのは、廃墟を見る為ではなかった。

 背後にある崩壊した壁の裏に隠れている、覚えのある気配に気付いたからである。

 北斗は肩を竦めると、面を戻して再び歩き始める。

 同時に、壁の裏に隠れていた存在が、金色の髪を揺らしながら恐々と顔を覗かせた。


「バレたかな?」


 那由他であった。

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