第2話 宝探しの村
雪解けの道はぬかるめど、咲き始めた花よりも、スリサズの目は手もとの地図と村の看板、それにごった返す冒険者達ばかりを見ていた。
(……ゴールドラッシュってこんな感じなのかしらね)
女騎士ミネルヴァとその仲間達が、悪の魔道師ウォロフスを倒し、安全になった洞窟にお宝が埋もれていると聞きつけた人々。
彼らを利用し、死せるウォロフスになおも復讐を続けることがミネルヴァの狙いだったはずだが……
(……ウォロフス村って……)
看板を見る限り、ミネルヴァの目論見とはどうもズレた状態になってしまっているようだった。
冒険者のための宿に、宿で出す食材等を運ぶ商人。
スリサズは、運良く取れた宿の部屋に荷物を下ろした。
道中の雪が完全になくなれば、人はさらに増え、冒険者目当ての旅芸人もやってくるらしい。
宿の建物は、木は新しいのに作りが荒くて隙間風がした。
ここの主には建物を長持ちさせるつもりなんて最初からないのだろう。
悪党が根城にするような、もともと人気のない……人の寄りつきにくい地形のこの土地に、悪党でもないのに本気で根を下ろそうとするのは愚か者だけ。
今ある賑わいは、宝が見つかれば終わる繁栄。
つまりは終わることの待ち望まれている繁栄なのだ。
宿の出口をふさぐ形で、少女が青年とケンカをしていた。
どうやら一人で宝探しにやってきた少女を、いとこの青年が心配して連れ戻しに来たらしい。
青年はスリサズより少し年上で、まあ、どこにでも居そうな感じ。
少女はスリサズよりも年下で……冒険者を気取っての仮装なのだろうか……服も髪も男の子のようだったけれど、声と、青年が怒鳴りつけた際のアレッサという名前で女だとわかった。
(ちょうどあたしが旅を始めた頃の、あたしとロゼルの年齢ぐらいね)
不意に懐かしい気持ちになって、通してと言うのも忘れて立ち止まる。
「ウォロフスが生きてるわけないだろ!?」
「だって赤毛の剣士が洞窟から出てくるのを見た人が居るって!!」
次の瞬間、スリサズは魔法で二人を氷づけにしていた。
さすがに全身ではなく、足だけだが。
「ひええ!? な、なんだアンタは!?」
「邪魔よ」
ウォロフスが生きているわけない。
そう言った青年の背中を押して、床を滑らせて戸口の脇へ。
「あなたの話はもっと聴きたいわ」
「ななな、何なんですかあぁ!?」
叫ぶ少女の肩を掴んで、スリサズは少女を食堂のほうへ引っ張っていった。
赤毛は目立つ。
だからウォロフスを討伐した女騎士ミネルヴァの仲間に赤毛の剣士が居たというのは、それなりに知られた話になっている。
ウォロフスを倒した者は、ウォロフスの呪いにより、宝の洞窟に入れない。
それなのにウォロフスを倒したはずの赤毛の剣士・ロゼルがその洞窟に出入りできたというのなら、ウォロフスは死んでいないということになる。
だけど赤毛の冒険者がロゼルしか居ないというわけではなく、ただの他人の可能性もある。
「だだだ、だから確かめにきたんだよぉ! ボクだってその赤毛の人が本当にロゼルって人だったのかなんて知らないよぉ!」
アレッサは奥歯をガチガチさせながら叫んだ。
食堂の椅子に座らされ、逃げられないように椅子も凍らされて。
氷の冷たさよりも怯えで体を震わす少女は、金の髪に青い瞳で、おしゃれすれば絵本の王子様のようになりそうな顔立ちだった。
アレッサの話自体はありきたりなものだった。
少女の祖父が若かった頃、裕福だった曽祖父母はウォロフスに目をつけられ、金品を奪われて殺された。
祖父は復讐を誓ってウォロフスを追い続けたものの、ウォロフスを見つけることはできず、ウォロフスが各地でくり返す悪行ばかりを耳にした。
やがて祖父は年老いて旅を続けられなくなって、妻子の待つ故郷へ帰り、復讐の意思を孫達に託した。
「んーと、つまり、自分の奥さんとか子供とかが居るのにほっぽり出して親の仇を追いかけてたの?」
「うん!」
スリサズの呆れ顔に気づかずに、アレッサは力強くうなずいた。
「いとこ達は意地悪だから、じーちゃんをバカにしてたけど、ボクだけはやる気満々だったんだよ。だけどボクがまだ小さいうちに、ミネルヴァって人がウォロフスを倒しちゃったんだ」
とりあえず逃げなさそうなので、氷は解かしてあげる。
店員が、スリサズが頼んでいたお茶を持ってきた。
スリサズもウォロフスを父の仇として追っていたから、アレッサの祖父の気持ちはわからなくはない。
だけどスリサズの父が、いつ帰るとも知れない旅にスリサズを置いて出るというのは、スリサズには想像できなかった。
「じーちゃん、医者からもう長くないって言われてるんだけどさ、ウォロフスがまだ生きてるんなら、死ぬに死ねないって。
だからボク、確かめに来たんだ。もしウォロフスが生きてるってハッキリしたら、じーちゃんも気合いが入って持ち直すかもしれないし。ウォロフスがちゃんと死んでるんなら、じーちゃんを安心させてやりたいし」
「生きてるんならあたしがぶちのめすわ。ウォロフスも、ロゼルのやつも」
スリサズはお茶に手をつけずに席から腰を上げた。
「だったらボクも連れてってよ!」
アレッサも立ち上がる。
「だってスリサズさん、強そうだし……」
「強いわよ。あんたみたいなおこちゃまなんかにかまってられないぐらいに」
スリサズは再びアレッサを氷づけにすると、湯気を上げるお茶の横に代金を置いてさっさと出て行った。
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