氷の魔女、星への鍵を捜す

第1話 女騎士ミネルヴァの屋敷

 解け始めた雪を踏みしめ、フルールの王都に馬車が着く。

 突然の訪問にもかかわらず、ミネルヴァはスリサズを歓迎し、屋敷の応接室にすんなりと通された。


 大柄で凛々しくて、たくましくも品のある、昔ながらの女騎士。

 スリサズの母もこのタイプだった。


「ロゼル君が良く話していたわ。お父様の件はお悔やみを……」

「それを聴きにきたわけじゃないです。あと、ロゼルの話はしないでください」


 無数の小国が連なる大陸。

 この地のどこかに、悪い魔法使いが、かつて居た。

 名前はウォロフス。

 自身の研究のために、たくさんの人を犠牲にした。


 町を襲って研究の資金や道具を略奪したり。

 旅人をさらって実験に使ったり。

 逆らう者、咎める者を殺したり。


 スリサズの父、ソーンも、ウォロフスによって殺された。


 スリサズは父の仇を討つために魔法の修行をしてきた。

 だけどウォロフスを恨んでいるのはスリサズだけではなかった。

 正義感あふれるミネルヴァは、志高き戦士を集い、ウォロフス討伐に乗り出した。

 スリサズがミネルヴァ達の活動を知ったのは、ウォロフスが倒されたあとだった。


 スリサズの幼馴染みでソーンの教え子だったロゼルも、ミネルヴァの部隊に加わっていた。

(一緒に戦おうって約束していたのに……)

 ロゼルはスリサズを置き去りにした。


「ウォロフスに致命傷を負わせたのは、ロゼル君の剣だったわ」

 ミネルヴァの言葉に悪気はないのだろうけれど、スリサズはミネルヴァを睨んでしまった。



 瀕死のウォロフスは、洞窟の奥に逃げ込んだ。

 だけどそれは、ウォロフスが仕かけた最後の罠だった。

 ウォロフスが息絶えるのと同時に、洞窟に予めかけられていた呪いが発動し、追ってきたミネルヴァ達に襲いかかった。


 呪いの効果は、肺や心臓の動きが、ゆっくりと――いたぶるようにゆっくりと――止まっていくというもの。

 ミネルヴァと仲間達は次々と倒れていった。


 洞窟の外で待っていた雑用係が異変に気づいて助けに来た。

 呪いは、ウォロフスに一太刀でも浴びせたものにしか働かない。

 仲間の中で、戦闘に参加しなかった雑用係だけが、洞窟の中でも自由に動けた。


 呪いは対象の人ではなく洞窟にかけられたものなので、洞窟の外に出さえすれば効果は収まる。

 雑用係は体重の軽い人から順に運び出した。

 がんばって全員を運んだけれど、助かったのは半分ほど。

 そのうちの一人は深刻な後遺症で今も苦しんでいる。


「王都に連絡して、専門家を呼んで呪いについて調べてもらって、ウォロフスの死亡は間違いないって言われたけれど、呪いを解く方法は見つけられなかったわ。

 ……仲間達は全員、この手でウォロフスの遺体をバラバラにしてやりたいぐらいにウォロフスのことを恨んでいたの。

 もちろん、わたしもね。

 だけどそれは、洞窟にかけられた呪いのせいで叶わない……」



 ミネルヴァは残った仲間達と話し合い、代わりの復讐方法を二つ考えた。


 一つは、ウォロフスが各地で奪ってきた、魔力のこもった宝石などの宝を、もとの持ち主、もしくはその遺族に返すこと。

 の魔道師が何の研究をしていたのかは未だに謎とされているが、研究に使う材料を集めるために、ウォロフスが無数の危険を冒してきたのは確か。

 ならばその大切な研究の道具をバラバラにして、離れた場所に住むもとの持ち主に返す行為は、ウォロフス自身をバラバラにすることの代わりになる。


 もう一つは、未発見の宝が洞窟に埋もれているとのうわさを流して冒険者を集め、宝と一緒にウォロフスの亡骸を見つけて荒らしてもらおうというもの。

 奪われた宝の返還は、うわさの拡散に役立った。



「星型の宝石がついた金色の鍵で間違いないのね? 見ただけでは鍵だとわからないように偽造してあるなんてことはない?」

 ミネルヴァは紙の束をめくりながら眉間にしわを寄せた。

「パパはいつもその状態で首から提げていました」

「……ないわね。宝石だけのも、鍵だけのもないわ。ウソやミスで他の人に渡してしまったなんてこともない」


 ウォロフスは洞窟とは別にいくつもアジトを持っており、ミネルヴァが管理している財宝はそちらで発見されたものだ。

「未発見のアジトがあるのだとすればどうしようもないけれど、その鍵があなたが言うように大きな力に関るものなのならば……ウォロフスは力に取りつかれていたから……ウォロフスが死んだ時に身に着けていた可能性があるわね」

 と言うより、それ以外に捜せそうな場所がない。



 礼を言ってミネルヴァの屋敷を出て、スリサズは門扉の手前で振り返った。

 ミネルヴァもその仲間達も、ウォロフスの宝を独占するよりも、鞭打つためのむくろを求めた。

 白亜の壁と、青い屋根。

 大きな建物を夕日が照らして、大きな影を作っていた。


「ま、金持ちだしね」

 一言だけつぶやいて、スリサズは何を気にするでもなく歩き出した。

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